外国の、小さな村のようでした。土壁の家が並び、地面は舗装されておらず、人の声が聞こえます。けれどもそこが私の住む世界ではないということは、すぐにわかりました。
人間がいないのです。正しくは、私と同じ人間のかたちをしたものがいないのでした。ここで生活をしているのは、手足がにょっきりと生えた、石でした。
さまざまな石がいました。大きいもの、小さいもの、ざらざらしていそうなもの、きらきら光っているもの。彼らはそれが当たり前のことであるというように、土の町で暮らしていました。
私の姿は見えないようです。いろいろな世界を見てきたので、ときどき自分がいないことになるのは、もう慣れました。いない方がいいからそうなるのです。私は、いない。
だから勝手に家に入っても、誰も何も言いません。普通の生活を続けています。私はこの世界をよく観察していかなければなりませんので、あちらこちらを歩きまわりました。
ふと、小さくて角の尖った石が目に入りました。似たような石はたくさんあるのに、私はそれに強く惹きつけられました。誰にも見えないのでかまわず後をつけてみます。その石も私には気づきませんでした。
石は、他のたくさんの石たちと、会話をしませんでした。この世界の石たちは人の声で喋ることができるのですが、その石だけはずっと黙りこくっていました。そうしてふと立ち止まっては、誰もいない道を選んで、また歩き出すのです。
この石はどこへ向かうのでしょう。ひたすらについていくと、やがてぽっかりとひらけた場所に出ました。家はありません。石たちもいません。何もないところで、石はひとりきり、いいえ、私と二人きりでした。
私はしゃがんで、石を見つめます。石は立ち竦んだままでした。
目がどこにあるのかはわからないけれど、たぶん空を見ているのだなと思いました。空は私が知っているのと同じ、澄み切った青い色をしています。天気がいい、といえるでしょう。
「今日で良かった」
すぐ近くで声がしました。石でした。やっと喋ったのです。不思議なことに、私の声に似ていました。録音して聞いた私の声です。たしか、音楽の時間に、そういうことをしました。
石は私の声で続けます。
「砕けるなら、天気が良い日がいいと思ってたの。誰もが空に見惚れて、私のことなんか忘れているうちに、砕けてしまいたかった」
私のことはやはり見えていないようです。この石の独り言なのでしょうが、まるで誰かに語りかけているようでした。
もし私なら、と考えます。……語る相手は、自分かもしれません。私は毎日頭の中で、そういうことをしていましたから。
「このまま忘れたままならいいな。私のことなんか忘れたほうが、みんな幸せに生きられるもの。私はみんなを傷つけすぎた」
手でそっと自分の尖ったところを撫でて、石は言いました。その手は突然、ぽろり、と地面に落ちました。落ちた手は、さらさらと砂のように崩れて、なくなってしまいました。
もう片方の手も、落ちました。そして同じように消えていきます。
「じゃあね」
誰に言ったわけでもないその言葉のあとに、足が片方ずつなくなりました。石は、ただの石になりました。地面に転がっている、私もよく知っている石です。
触ってみようと手を伸ばすと、石は割れました。細かく砕けて砂利になりました。
ふと地面を見渡すと、細かい砂利が一面に広がっています。みんなさっきの石のように、ここに来て砕けたのだと、私にはわかりました。
ここは、石たちの墓場だったのです。

たくさんの石が、ここで最期を迎えたのかもしれません。私たち人間がそうであるように、この世界の石たちは、色々なことを思いながら、この場所で砕けるのでしょう。自分にその時が来ると、そうなる前に知るのです。
なくなることを予知できる、という点では、私たちとは違うかもしれません。私たちは自分がいなくなることを、自分で選ばない限りは、ときに選ぼうとしても、正確に覚ることはできないような気がします。それとも、私だけでしょうか。
そしてそのときが来れば、どんなに抗っても逃げられないのです。
この世界の石たちは、自分がなくなることを知ると、そのための場所に自分で向かいます。消えると知っているのに、逃げません。そのまま受け入れるようです。……いいえ、少し違うかもしれません。だって、最後に喋っていました。自分に語りかけていました。
たぶん、納得させるために。消えても仕方ないのだと、消えたほうがいいのだと。
でも、忘れてほしいと願ったのは、何故でしょうか。
たくさんの世界を巡ってきましたが、私にはまだ分からないことがたくさんありました。

石が、またやってくるのが見えます。今度はどんなふうに消えるのでしょう。
もう少し見てから、ここを離れようと思いました。