濡露さんが連れてきてくれた場所が私の住んでいる世界とそっくりだったので、私はお腹が痛くなりました。
苦しいことを伝えると、濡露さんは微かに笑って言いました。
「安心して。ここはアンタのいた世界とは違うから」
違うなら、私が怖がる必要はありません。

私は深呼吸して、目の前の道を進み始めました。
向こうには大きな建物が見えました。学校のようでした。
だとすれば濡露さんに着せてもらったこの服は、ここの制服なのでしょう。

周りを見渡すと、まったく同じ格好の女の子たちがたくさん歩いていました。
私は学校が嫌いです。

私は何もしていないのに、皆が私を傷つけるからです。

だからこの場所も、とても好きになれそうにないなと思いました。

学校の中を歩いていると、長い耳の生き物が見えました。

ウサギです。

でも私の知っているウサギとは違いました。

そのウサギは人間と同じ身体を持っていたのです。

まるで着ぐるみの頭だけを被ったようでした。
ウサギは私に気がつくと、おいでおいでと手招きしました。
「きこうよ」
私はそのことばの意味がわかりませんでした。

けれどもどうすればいいのかもわからなかったので、ウサギの言うとおりにしました。
ウサギは廊下の向こう側を見ていました。女の子が数人、お喋りをしています。
って、おかしいんだよ」
「この前だって
誰かを話題にしていることはわかりました。そして、女の子の一人がそれを聞かされていることも。
だからあの人には気をつけなよ。近付かない方がいいかも」
その言葉が聞こえた途端、私はお腹がとても痛くなりました。

私の住む世界とあまりにも似通って、いいえ、これでは全く同じです。

あの言葉が聞こえる度に、私は自分の事かどうかを気にしなければなりませんでした。

そう考えた結論は、いつもあの話が自分のことであるということでした。
それに囚われてしまうと、誰も何も話していなくても知らないところでそんな話をしていたのではないかと疑うようになってしまいます。

そして全ての人が恐ろしくなるのです。
私がしゃがみこむと、ウサギはそっと背中を叩いてくれました。

そして、こう言いました。
「彼女たちにとってはあれが親切なんだ。人との付き合い方を先に教えておく。いわば人に対して過保護なんだよ」
でも「私」には親切ではありません。
「誰もこれ以上傷つかないために、彼女らは関わらないという選択をした。そしてそれを人にも広めているんだ」
それは嘘です。

「私」は傷つきます。
「この世界に悪意はないよ。皆、守りたくて行動しているんだ」
「何を?」
「自分自身を」
人のためにという建前で、結局は自分を守っているのですか?

自分さえ傷つかなければいいのですか?
それは本当に、悪意じゃないと言えるのですか?
「これは悪意じゃない」
ウサギはそう言って、そこから消えました。

この世界を報告するのはとても辛いと、濡露さんに訴えました。

しかし聞き入れられることはありませんでした。
「時渡で見たものを報告するのがアンタの仕事。辛くても頑張ってもらうしかないわ」
濡露さんは私の目を見ませんでした。

私はお腹が痛くても、見たこと全てを記録しなければなりませんでした。