わたしがまだ何もわからなかった頃、濡露さんは旅の予備知識として色々なことを教えてくれました。
わたしのいた世界が、濡露さんたちの世界での決まりで「第三世界」と呼ばれていること。
「第三世界」の中にはさらにたくさんの世界があって、その一つがわたしのいた世界であること。
そしてたくさんある世界には、わたしとそっくりな人がいることもあるということ。
「面白いのよ。家族ゴッコが本当の家族になったり、ある世界では平凡な子なのに別の世界では変身して戦っちゃったり。
全てを見ることはまだできていないくらい…もしかしたら見尽くすのは不可能なくらいなんだから」
わたしの世界では到底ありえないことが、他の世界では当たり前だったりもするようです。
そんなたくさんの世界を、わたしは外側からではなく、内側に入り込んで五感で確かめることが出来るのです。
本当ならば「第三世界」の人間が持ち得ない力を、わたしは何故か手にしてしまっているのです。
「濡露さんもできるんですよね、時渡…」
「アタシたちは出来なきゃ仕事にならないから。だけど結構疲れるのよ、これも」
「今までどんな世界に行ったんですか」
「そうねぇ…アタシたちは基本的に割り当てられた担当世界だけを行き来するから少ないけど…」
それは膨大な世界に対する、相対的な少なさ。
濡露さんの話はいつも違うから、聴いていて飽きません。
特に長い間滞在していた世界での、男の子とのやりとりが一番面白いと感じました。
「アイツはほんっとにむかつく奴でね。アタシは死神よ?なのにアタシが近くにいるといつもにやにやして…」
きっと濡露さんは、その人のこと…
…こんな風にのんびりしている時間はないのです。
わたしは自分の力で世界を回って、記録をつけなければならないのです。
それがわたしに課せられた仕事。
しかもこれには制限があって、一つの世界に行けるのは一度きり。
決められた時間内に多くの情報を仕入れて、データベースをつくります。
いつまでかかるかわかりません。だけど辞めたいとは思いません。
こうして世界を渡っている時が、わたしの一番幸せな時間なのです。
「…さん。央さんってば!」
突然、引き戻されました。
のんびりしすぎてしまったようです。今日はどこへも行けませんでした。
いいえ、濡露さんの話を聞いて、これから行くところについて勉強していたんだと思えば無駄じゃありません。
きっと今夜は、あの世界たちのどれかへ渡るんでしょう。
「央さん、聞いてる?!」
「…すいません、寝ぼけてました」
「眠いなら帰れば?ていうか学校来なくていいし」
こんな調子だから、ずっと世界を旅していたほうが良いのかもしれません。
だけど必ずここに戻されてしまいます。
わたしだって、戻りたくないのに。
「…すいません」
迷惑をかけっぱなしの世界にいるより、少しでも人の役に立つ世界にいたいです。
こんな世界いりません。
荷物を片付け始めるわたしを、周りは嗤っていました。
別の世界にいるわたしにそっくりな子も、こんな思いをしているのでしょうか。
どうかそうではありませんように。
わたしはそっと願って、教室をあとにしました。