田舎に着いて三時間、僕は暇を持て余している。
何やらまつりがあるというので、研究という名目で学校をサボってきたのだが、準備をしている気配もない。
もっときちんと調べてくるのだったと後悔しながら、雲の流れる空をぼうっと見ていた。
不意に、そこへ影が落ちる。同じ顔をした女の子が二人、僕の顔を覗き込んでいる。
「お兄さん、だあれ?」
訊ねる声も、その見た目も愛らしい双子の女児。自分にロリコンの気はないと心の中で唱えつつ、村の外から来たことを告げた。
「何しに来たの?」
「おまつりを見に」
「おまつり?」
女の子達は同時に首を傾げる。僕の頭を不安が埋めていく。
「おまつり、ないの?」
「今日、ない」
「ないよ」
村の子が「ない」と言うなら、情報が間違っていたか、ガセであったか。どちらにせよ、本当にただのサボりになってしまったようだ。
次のバスは明日。いずれにしても今日は村で過ごさねばならない。
僕は女の子達に泊まれるところはないかと訊き、彼女らに導かれて一軒の家にお邪魔することになった。
それはつまり彼女らの家だったのだが、一家は快く承諾してくれた。

用意してもらった、素朴で懐かしい味の夕食を堪能しながら、僕は村のまつりや風習について家主らに訊ねた。
そうして、どうやらまつりは十日前であったことと、それがこの村を守る土地神のようなものを祀るものであったことがわかった。
この村では人に何か贈り物をするとき、まずは土地神に参って、贈るものを供えるのだという。
村の全ては土地神の所有物であるから、必ず挨拶をして、その後に移動や譲渡を行うよう伝えられているらしい。
一応の土産話はできたので、僕はこの家の人々に感謝した。

食事だけでなく風呂まで世話してもらい、たまにはこんな旅も悪くはないなと思っていると、双子の女の子たちが僕の前に並んで座った。
「お兄さん、お話してくれる?」
丸い目をくりくりさせて、彼女らが声を揃えて言う。
僕は頷いて、適当に話を選ぶ。どの話題も彼女らは真剣に聴いてくれているようだった。
こちらを見つめる瞳があまりに純粋で綺麗だったので、僕は思わず口にした。
「君たちの目はきれいだね」
「きれい?」
「ほんと?」
女の子たちは嬉しそうに顔を見合わせる。
「とてもきれいだよ」
重ねて言うと、二人はにっこり笑った。
布団を敷いてもらって、僕が寝に入ろうとした頃、双子はまだ起きていた。
小さな声で、「きれいだって」「きれいだってさ」と話し合っている。
よほど嬉しかったんだなと思うと、僕も頬が緩んだ。

翌朝、彼女らの姿が見えなかった。
けれども、子どもだから早起きして遊んでいるのだろうと、気にしなかった。
荷物をまとめ、家の人に礼を言い、僕はバス停へ向かう。
雨風に晒されて色のあせた、停留所の標識の下に、あの双子がいた。
「あ、お兄さんだ」
「お兄さんだ」
双子はにこりと微笑んだ。
一人は右目を、もう一人は左目を手で押さえていた。
何の遊びだろうと思っていると、二人は小さな箱を僕に差し出した。
「あげる」
「いいの?」
「うん。神様にもお参りしてきたから、大丈夫」
僕が箱を受け取ると、二人はきゃっきゃとはしゃぎながら走っていってしまった。
箱は木でできていた。二つの箱をそっと開けてみる。
バスの音が遠い。運転手に声をかけられるまで、僕の眼は箱の中身と見つめ合っていた。
とてもきれいな丸い眼球が、二つの箱に一つずつ入っている。
どうしたらこれを乾かさずに持って行けるか、僕は悩まなければならなかった。