トラックの荷台に人が載せられていく。荷台が大人ばかりでいっぱいになったら、走り出す。
私と市ちゃんはそれをじっと見ていた。今動き出したトラックには、市ちゃんのお母さんが載せられているはずだった。
私たちは大人のトラックには載せられず、他の子どもたちと一緒に別の車へ詰め込まれた。
市ちゃんはお母さんを見送ってから、ずっと泣いている。泣きながらお母さんのことを話す。
「おかあさんのつくったオムレツ、食べたいなあ」
それは市ちゃんの一番好きな食べ物だった。夕食がオムレツだった日の翌朝は、いつも自慢してきた。
そのときの市ちゃんの笑顔は、私の知る限り一番輝いていた。

私たちの載せられたトラックが出発する。ガタンと大きく揺れた後は、舗装された道を走っていく。
市ちゃんはまだ泣いていた。
「こんな車いやだ。おうちの車がいい」
市ちゃんの家は近所で一番のお金持ちだった。車もピカピカの大きいものだった。
もっとも、それは先月政府が引き取っていったので、今は市ちゃんのおうちの車ではない。
国が「大人の事情」を発表した後、市ちゃんの家は一番ではなくなった。私たちと同じように扱われ、同じようにトラックで運ばれる。
子どもの中で一番我侭だった市ちゃんは、納得がいかないようだったけれど、初めてお母さんにひっぱたかれた瞬間からいくらか大人しくなった。

泣いている市ちゃんを無視して、トラックは走り続けた。
いつのまにかコンクリートで固められた道は消えて、がたがたした地面の上をタイヤが回る。

空が暗くなった頃、漸くトラックは停車する。
運転席から人が降りて、携帯電話に喋り始める。
「あ」
市ちゃんが声をあげた。
「お母さんだ」
暗い道の向こうを見て、そう言った。
「お母さん!」
市ちゃんは人を押しのけて、荷台を降りる。押された子が小さく悲鳴をあげた。
市ちゃんは暗い方へ走っていく。運転手は気付いていないようだ。
やがて市ちゃんの姿は見えなくなった。

運転手は電話を終え、再びトラックに乗る。
エンジンのかかった車は、大きく回れ右をして、また動きを止める。
今日はここで寝るように言われ、私たちは目を閉じた。
市ちゃんは戻ってこなかった。

光が眩しくて目を開ける。朝だ。
まだ車は停まっていて、市ちゃんの姿は荷台にはない。
私の目の前に広がるのは、崖。踏み出せば真っ逆さまに谷へ落ちてしまうだろう。
運転手が起きたのか、車が動き始めた。元の道へ引き返すように。
私たちの乗る一番後ろのトラックは、唯一の生き残りとして、道を走っていく。
市ちゃんのいない荷台は、しかし、相変わらず子どもでぎゅうぎゅう詰めだった。