ウチの地域の商店街は、はっきりいって寂れている。ずっとシャッターが閉まりっぱなしの店舗が多いし、そうでなくても対象年齢層が高めで、高校生には近づきがたいスポットだ。
だが、それがオレには都合がいい。高校生になった今でも特撮ヒーローに憧れているようなやつは、オレの知る限り自分以外にいない。ネット界隈を探せば同士は見つかるのだけれど、少なくともこの近所や学校でそれが知れ渡ったら、バカにされて笑われること間違いなしだ。
特撮好きは秘密の趣味。日曜朝のテレビ番組でさえ、こっそり録画して、あとで親に隠れて楽しんでいる。やっぱり正義のために闘うヒーローってのは、誰が何と言おうとかっこいい。それを堪能できる場所は、自室と、もう一か所だけ。
このシャッター商店街にぽつんと開いている、模型店。プラモデルやフィギュア、さらには合体ロボまでもが置いてあるここは、オレにとっての天国だった。しかも店主に頼めば、普段は扱っていないような商品まで仕入れてくれるのだ。合体ロボがあるのは、そういうわけだ。オレが頼んだから入荷している。
店主はこの商店街にはあまり似合わない、金髪に灰色がかった青い目をしていて、耳にはピアスがいくつかついているような人。年齢はオレよりちょっと上だけど、身長はかなり上。オレがそんなに背が高くないせいもあるのだが。それでもって、自分でも子供っぽいと思うような趣味を持つオレにも普通に、というかむしろノリノリで接してくれる、気の良い兄ちゃんって感じだ。
名前は空深さん。本当に空みたいに、心が広くて大きい人だと、オレは思う。

日曜朝の特撮番組で、新しいキャラクターが登場した週の土曜日。オレは関連商品を求めて、いつものように模型屋の扉を開けた。
「こんちわーっす! 空深さん、新キャラのグッズ入ってる?」
ここでのオレは遠慮なんかしない。もともとこの店に来る客が少ないってのもあるし(ちょっと失礼だけどな)、空深さんがオレの好きなものをバカにしないと知っているからってのももちろんだ。たとえ他に客がいたとしても、オレとどこか似たようなコアな趣味を持っている人で、変わっているのはお互い様なのだ。
「おう、一慶か。いらっしゃい」
オレのでかい声に、空深さんが低めの穏やかな声で、けれども明るく応えてくれる。棚からひょっこりと出したその顔は、いつものように笑っていた。
客の姿は見えない。オレは空深さんに駆け寄って、新商品の情報を入手しようとした。CMでやっていたから、きっと入荷しているはずだ。そうでなくても、入る日を空深さんが教えてくれる。わくわくしながら空深さんの真正面に立ったオレは、しかし、意外なものを見てしまった。
……あれ。お客さんいたの?」
思わず声に出てしまう。それくらい、近づかないとわからなかった。この商店街にめったに近づかないはずの、学生らしい姿が、棚の陰から覗いていたのだ。しかもなんだかおとなしそうで、こちらを見る顔はこわばっている。声をでかくしすぎたか、それともオレが発した言葉にドン引きしているのか、それはわからない。もしかしたら両方かもしれない。
「いたの、は失礼だろ。ここは店なんだから、客だって来るさ。なあ、詩庵」
空深さんが苦笑しながら、棚の陰の少年に視線を向ける。そいつはプラモデルの箱を三つほど重ねて抱えたまま、頷いた。
「そう、ですね。ここはお店ですから。……僕以外の人だって、もちろん来ますよね」
戸惑っているような口調。これは間違いなく引かれている。こんな少年のいるところで、オレは堂々と新キャラだのグッズだのと叫んでしまったのだ。ちょっと恥ずかしくなる。
でも、待てよ。この店にいるってことは、こいつも似たような趣味を持っている可能性が高い。現にプラモデルの箱を持っている。好きなんだろうか、プラモ。
空深さんとも親しいようだし、こちらの趣味を隠す必要があるような人物ではないかもしれない。オレは気を取り直して、少年に話しかけた。
「はじめましてだな。オレは陽本一慶。この店の常連だ」
まずは自己紹介。良い笑顔で言ったつもりだけど、相手の表情はまだ硬い。返事をしてくれるだろうかと不安になったが、それは空深さんが解消してくれた。
「常連っていっても、二、三週間に一回来るかどうかってとこだ。ああ、一慶が探してる新商品なら明日入る予定。今日までにはちょっと難しかった。ごめんな」
オレのことを少年に追加説明してくれて、さらに欲しかった新商品の情報もくれる。そっか、明日か。それならもう一度ここに来よう。
オレが明日の予定を組み立てていると、少年はやっと口を開いてくれた。
……僕は、高村詩庵といいます。僕も一応、ここの常連で……お手伝いもちょっとさせてもらってます」
タカムラシアン、と頭の中で繰り返して、それがそいつの名前だということに思い至る。そうか、さっきから空深さんも「詩庵」って呼んでたもんな。それにしても常連って、いつからここに来ているのだろう。今までこんなやつが来ていたことがあっただろうか。
でも、どうしてだろう。その顔には見覚えがあった。自分で「はじめまして」と言っておいてなんだけれど、どうも初めて姿を見たという気はしないのだ。
オレが不思議に思いながらじっと見つめていると、詩庵は困った顔をして後退りし、そのまま棚の裏側に行ってしまった。それから厚紙の箱が擦れるような音が続いたので、何をしているのかと思っていると、空深さんが優しげな笑みを浮かべながら言った。
「さっき詩庵が言ったろ、手伝ってくれてるんだ。俺が店を引き継いでから、棚の整理とかろくにしてなかったからな。そういうのを、最近は詩庵がやってくれてる。前に一慶が来たときよりきれいになってるだろ?」
そういえば、商品の配置が少しすっきりしているような気がする。以前はまるで物置みたいで、でもあの雑多な感じが好きだった。今の状態も良いけれど。いや、むしろ今まで隠れていた商品が見やすくなっていて、これはなかなかいい仕事だ。
「やりますね、詩庵ってやつ」
「な。親父のジオラマも気に入ってくれてるんだ。一慶ももちろん良い客だけど、詩庵もうちの大事な常連なんだぞ」
ジオラマは、この店のショーウィンドウ前に飾ってある、この町のミニチュアだ。これがよくできていて、オレもたまに見ては感心している。ときどき空深さんが手を加えているらしく、新しく設置された信号機だとか建物だとかが増えていることもある。よく見ないとわからないけれど。
そうか、詩庵は別にプラモが好きとかそういうわけじゃないのかもしれない。ジオラマに惹かれたのなら、その感性はオレよりちょっと大人なのかも。そう思うと、改めて店に入ったときの自分の発言が恥ずかしくなった。だってオレは高校生で、詩庵はどう見ても中学生くらいだ。ドン引きされても仕方がない。
オレがそんな考えで頭の中をぐるぐるさせていることを、空深さんはその勘の良さですぐに覚ってくれた。
「一慶、詩庵はちょっと人見知りなだけだ。慣れればちゃんと話をしてくれるから、安心しろ」
「ホントっすか」
「本当。……詩庵、ちょっと休憩しよう。一慶も一緒だけど、いいよな?」
ちょっと落ち込みかけていたオレの肩を叩いてから、空深さんは棚の向こうへ声をかけた。すると今度は何も持たずに、詩庵がひょっこりと出てくる。それからオレの様子を窺いながら、「はい」と返事をした。

客がオレしかいないときとかに、空深さんはよくレジカウンター前に背もたれのない丸椅子を置いて、オレを座らせてくれる。それから住居にしているらしいところで紅茶を淹れて、ときどきは菓子なんかもつけて、持ってきてくれるのだ。
今日は丸椅子がレジカウンター前に二つ。片方にはオレが、もう片方には詩庵が座る。ほんのり甘いにおいのする紅茶を盆に載せて持ってきた空深さんは、いつものようにカウンターの内側に座った。
そして配られる、色も形も違うカップ。オレのマグカップはちょっと暗めの赤色をしていて、取っ手の部分は黒。戦隊ヒーローのリーダーみたいで、なんだかかっこいい。これは空深さんが選んでくれた、オレ専用のカップなのだ。一緒に茶を飲むときは、いつもこれ。
空深さんのカップは、薄い緑色のロングマグ。本人みたいにシュッと背の高いカップは、やっぱりこれもかっこいい。
そして初めて見る詩庵のマグカップは、薄い黄色だった。形はオレのより丸みがある。これも空深さんが、詩庵に合わせて選んだんだろう。
一緒にくれた菓子は、クリームが挟んであるビスケットだった。あの、おいしくてつよくなるやつ。近所の文房具屋のおばちゃんがくれたらしい。
「そういえば一慶、どのあたりに住んでたっけ」
ビスケットの袋を開けながら、空深さんが突然そんなことを言った。オレも紅茶を飲んでから、同じように袋を端から裂く。
「日向町の分譲ですよ。家ばっかり立派なとこ」
「え」
オレが答えると、詩庵がカップを手で包んだまま動きを止めた。あれ、今、初めてまともに目を合わせている気がする。詩庵もそのことに気づいたのか、焦ったように目を逸らすと、カップに口をつけた。
「どうした、詩庵。何かあったか」
そこへ空深さんが落ち着いた声で尋ねる。その顔は、オレに新商品が入荷したことを告げる時と同じだった。いいことがあって、それで相手を喜ばせられると確信しているときの顔。オレは空深さんの、この表情が好きだ。
……同じなんです」
カップから口を離して、小さく息を吐いてから、詩庵はぽつりと言った。
「何が?」
「陽本さんの住んでるところ、僕の家があるところと同じなんです。……前に空深さんにも言いましたよね」
わかっているくせに、と呟く詩庵も、どうやら空深さんの意図していたことがわかったらしい。この人はオレたちの共通点にとっくに気づいていて、わざとオレの住所なんか話題にしたのだ。自分では言わずに本人に言わせるあたりが、空深さんらしい。
そして、それでやっとオレも合点がいった。詩庵に見覚えがあるのは、気のせいなんかじゃなかったんだ。家が近いから近所ですれ違っている可能性は十分にあるし、出身の小学校も同じだろう。オレはたしかに、詩庵を見たことがあったのだ。
「ああ、そういえばそうだったな。それじゃ、ここで会う前に顔を合わせていたかもしれないよな」
「わざとらしいですよ、空深さん。……すみませんでした、陽本さん。ご近所なのに、挨拶もろくにしないで」
「いや、それは別にかまわないけど。オレだって詩庵が近所のやつだって気づかなかったし」
言ってしまってから、相手に何の断りもなく名前を呼び捨てにしてしまったことに気づいた。あわててそれを謝ると、詩庵は首を横に振った。
「いいです、詩庵で。空深さんにつられたんでしょうし」
「そう? じゃあ、オレのことも陽本さんなんて他人行儀じゃなくて、一慶でいいから。これからはこの店の常連同士、気軽に接してくれ。ていうか、オレがそうしてほしい」
正直に話すと、詩庵は目を丸くしてから、
「はい。よろしくお願いします、一慶さん」
初めてオレに、笑顔を見せた。
そんなオレたちのやりとりを、空深さんはにこにこしながら眺めていた。


それからというもの、オレが店に行くたびに、空深さんと詩庵が迎えてくれるようになった。家を出る時間が違うのか、ウチの近所で詩庵に会うことはなかったけれど、回覧板に「高村」の名前を見つけたので、近くに住んでいることは間違いないようだ。
詩庵はオレの趣味を知っても、笑ったりしなかった。「大人向けの雑誌なども出ていますし」なんて言って、ごく普通に受け入れてくれた。オレが子供っぽいとどこか後ろめたく思っていたことを、いい意味で否定してくれた。それだけじゃなく、オレが思わず興奮して語ってしまった特撮ヒーローの話を、真剣に聞いてくれたのだった。
それまでは空深さんに全部聞いてもらっていた。空深さんはオレと話を合わせるために、日曜日の朝の番組もチェックしてくれる。オレの好みだってよくわかっていて、新しいキャラクターやメカなんかが出ると、オレが言うより先に「今度の新キャラ、一慶が好きそうだったな」なんて話題にしてくれた。
それだけじゃない。学校であったことだとか、進路の相談だとか、空深さんはどんなことだって聞いてくれた。空深さんもお父さんが亡くなったりして大変だったのに、そんなときでさえ客であるオレには笑顔を見せていた。こんな大人は、オレの周りには、空深さん以外にいない。
そこに大人ではないけれど、ちょっと大人びた中学生の詩庵が加わった。趣味は違っても、空深さんを好きなのは同じだ。三人でのお茶の時間は、二人だったときより楽しかった。オレが喋ってばかりになって、ちょっと反省するときもあるけれど、そんなときは必ず空深さんがフォローを入れてくれる。そして詩庵が頷くのだ。
「漫画好きなやつがさ、めちゃめちゃそのてのことに詳しいんだけど、クラスのギャルにオタクきもいっていわれてバカにされてんの」
もともと客の少ない模型店は、今日も店主の空深さんと客のオレと詩庵だけしかいなかった。そもそもこの店が店としての形を保っていられるのは、空深さんのお父さんの遺産と、空深さんの伯父さんの援助のおかげらしい。そうしてオレたちの憩いの場は守られている。
そこでこんな話題を出すのは、空深さんや詩庵にまで嫌な思いをさせてしまうかもしれないのであまり良いことではないのだけれど、吐き出せるのはここくらいしかなかった。
「ただ嘲笑ってるだけなら、無視してればなんとかなるかもしれないけど。その話題に派手な男子ものっかって、オタクグループのやつの持ち物とったり、漫画勝手に持って行ってぼろぼろにして返したりしてるんだよな」
空深さんと詩庵は、オレのつまらない話を黙って聞いてくれた。ときどきカップをカウンターに置く、こつんという音が響く。
「オレはそれを見てるだけ。止められたらいいのにって思うんだけど、あいだに入っていけないんだ。おまけに自分も特撮オタクだって知られたらって思うと、怖くてさ。情けないよな」
こうやって弱音を吐いていることも含めて、本当に情けない。空深さんだけならまだしも、詩庵にまで。
オレはヒーローが好きで、憧れているけれど、ヒーローになることはできない。同じクラスにいる女子の幼馴染のほうが強い。弱い者いじめを見るとすぐに飛んでいって、その場を収めて帰って来る。オレから見れば、あいつこそヒーローだ。女子だけど。
ちなみにそいつは空深さんの従妹だったりする。この親戚は最強なのだ。
「空深さんや詩庵だったら、飛び込んでいける? 空深さんはやりそうだな。詩庵はどう?」
半ば自棄になって尋ねると、空深さんは苦笑し、詩庵は即座に首を横に振った。
「僕は無理です。そもそも、僕のほうがクラスメイトに良く思われてませんから」
「え、そうなの? 詩庵、良い子そうなのに」
驚いた。こんなに真面目そうなやつが、良く思われていないなんて。それっていったいどんなクラスだよ。ていうか、ここでは人見知りではあるけれどいつも楽しそうに空深さんの手伝いをしていたから、そんなことになっているなんて想像もしなかった。
でも、詩庵は紅茶のカップを両手で持ったまま言う。
「良い子が最善ってわけでもないみたいですよ。どんな形であれ、クラスにとけこめないほうが異常みたいです。僕は今だって学校に行くのが嫌で、よくさぼってます」
「でも詩庵は放課後まで頑張る日が多くなったよな。終わったらすぐここに来て手伝いしてくれるし、偉いよ」
俯いていた詩庵の頭を、空深さんは褒めながら撫でた。ここはオレだけじゃなく詩庵にとっても救いの場だったのだと気づく。頭を撫でられる詩庵は、「偉くなんかないです」と言いながらも、ちょっと嬉しそうだった。
詩庵から手を離した空深さんは、「それからな」と続けた。
「クラスにとけこめないのが異常っていうのは間違いだ。色んなやつがいるのは普通だろ。みんな同じだったら、俺はそっちのほうが恐いな。自分とは違う相手がいるってことを認めるってことができれば、詩庵がつらい思いをすることも、一慶が悩むことも、格段に少なくなると思う」
「空深さんはそうやって、クラスメイトに訴えられる?」
微笑みを浮かべながら言う空深さんに、オレは訊いてみる。たぶんできるだろうと思いながら。でも空深さんは困ったように笑って答えた。
「俺もクラスでは浮いてたからな。たとえ訴えることができたとしても、届いたかどうか」
そういえば、いつだったか言っていたっけ。空深さんも昔はクラスメイトから遠巻きにされていて、仲間に入っていくのが難しいことがあったって。でもだからこそ少なかった友達を大切にして、これまでやってきたんだって。
「行動に移せるなら、それだけで勇気があると思う。オレはあいつらに、声をかけることすらできなかった。嫌がらせをしているほうにも、されているほうにも。今度は自分がやられるかもしれないって、そればっかり考えてた」
誰かを大切にできるなら、そのために行動できるなら、それはもう立派なヒーローなんじゃないか。オレの手の届かないものなんじゃないだろうか。
そんなことを考えるオレに、空深さんは優しく笑った。
「一慶の考えは悪くないと思う。自分が大事じゃない生き物は、どこか危なっかしいものだ。それでも誰かのために何かをしたいと思うなら、……そうだな、たしかに勇気が必要だ」
空深さんが手を伸ばす。そして、オレの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。詩庵にするみたいに丁寧にじゃないけれど、きっとその優しさは一緒だった。
「一人じゃなかなか勇気を出すのは難しいかもしれない。でも、一慶には友達がいるだろ。なんだったらやけに正義感が強くてでしゃばりな俺の従妹にでも便乗するといい。味方がいるって思うだけでも、気持ちはだいぶ変わってくる」
味方は学校の友達や幼馴染だけじゃない。一歩踏み出してみて、それがどんな結果になったとしても、きっとここに来れば空深さんは笑ってくれて、詩庵は隣に座ってくれるんだろう。だったら、ちょっとくらい怖くても、動けなくほど怖がる必要はなさそうだ。
ヒーローにはまだ遠いかもしれない。ヒーローになんかなれないかもしれない。でも、ただの陽本一慶として、頑張ることはできるよな。
「空深さんと話すと、不思議と勇気が湧いてきますよね。僕もそうでした」
オレの気持ちを読んだかのように、詩庵が言った。詩庵も空深さんのおかげで学校に行けるようになったんだろうか。そうに違いない。
「そうだな、なんか今ならなんでもできそうな気がする。明日も同じことがあったら、誰かに便乗してでもやめさせる。それができなくても、嫌がらせをされてるやつに話しかけるくらいはする。見なかったことにするのは、やっぱり嫌だ」
オレが宣言すると、詩庵はいつもより力強く頷いてくれた。そして空深さんは、やっぱり笑っていた。なんだか嬉しそうに。
「無茶はするなよ、一慶。それから、クラスメイトにはちゃんと挨拶をするように」
その言葉に、オレは拳を握りしめながら、「オッス」と返事をした。

結論からいうと、そうそううまく物事を運べるってことはないわけで。オレはやっぱり嫌がらせを止められなかった。でも、落ち込んでるやつらに話しかけることはできた。
空深さんの言う通り、まずは挨拶から始めた。それからちょっとずつ、話をするようにした。オレは味方だぞって、アピールするように。
偽善かも、とは思った。だって、実際はそいつらを助けることなんてできなかったわけだし。いつかこれが本当の善になるように、オレは一歩ずつ進んでいくつもりだ。
それでオレに矛先が向いたら、そのときは相手になってやる。負けることになったって、オレにはオレを支えてくれる、味方がいるんだから。
ヒーローじゃなくても、オレは心の大きい人間になりたいんだ。空深さんみたいにな。
とりあえず報告はしておこうと、オレは今日も模型店に向かう。だんだん行く頻度が高くなってきたなと思いながら。