礼陣の夏祭りは、礼陣神社の例大祭が協賛している。そもそもは例大祭が先だったのだが、それを商店街有志が賑やかしたのが、現在の夏祭りの始まりだ。人が集まるよう、開催を盆過ぎの土日に設定するなどして、「町を盛り上げること」を優先してきた。

結果、はるか昔と比べれば、祭りの様相は大きく変わってしまった。その変化を、礼陣神社の神主であり、そこに祀られる「大鬼様」その人である男は、ずっと見てきた。得体のしれない自分を頼り、迎え入れ、祀ってくれる人々の営みを、長く見つめ続けてきた。そうして知ったのは、どんなに営みの「かたち」が変わっても、そこにある「想い」は同じなのだということだった。

「神主さん、お疲れさまです。ちょっとお茶にしましょうか」

祭りの機会に挨拶にくる人々が途切れた隙に、巫女服に身を包んだ女性、一力愛が神主に駆け寄る。中学生の時分から神主の仕事を手伝っている彼女は、祭りの切り盛りもすっかり慣れたものだ。神主の手があく瞬間も見極めている。普段は商店街の本屋で働いている彼女だが、神社で用事があるときはこちらを優先してくれる、神主にとって有難いパートナーだ。

また愛は、長い時を生きる神主の心の支えでもある。互いを想い、恋い、愛の生が続く限りはともにいようと誓った。そういう存在があるということが、神主を今日までこの町に生かしていた。

「今年も賑やかになりましたね」

冷たい茶を淹れた愛が、微笑みながら言う。神社のある高台からは、祭りを彩る出店が並ぶ駅前大通りと駅裏商店街の両方がよく見える。そこにいる人々――人間たちと鬼たちも、ここから見ることができた。これまでそうだったように、そしてこれまで以上に、街は人であふれている。夏祭りの二日間は、礼陣の人口密度が一年で一番高くなる日だ。

「去年より人は多いようですね。もともとここに住んでいる、あるいは住んでいた人だけではなく、初めてここに来た人もたくさん見られます」

「今日まで、いろいろありましたから。良いことも、そうじゃないことも」

茶を一口飲んで、神主と愛は今日までのことを思い返す。今年は春に殺人事件があり、礼陣は良くない意味で有名になった。犯人はまだ捕まっておらず、祭りも厳戒な警備を敷いて開催している。それでも、いや、だからこそ人が集まっている。いつもは来ないような人々まで興味本位で押し寄せて、しかしながら彼らは祭りの雰囲気に絆される。

幸いにも、懸念していたようなことにはならずに済みそうだった。負の感情が町に渦巻き、鬼たちが呪いを抱えてしまうということは。祭りの日に、そんなことがあってはならないのだ。

「愛さん、疲れていませんか? ここのところ、ずっとお仕事と祭りの準備の両方をこなして、さらに今日も手伝ってくれています。鬼封じだってありました。八月は毎年とても忙しいのに、あなたは私の傍にいてくれる」

「何ですか、突然。もう何年もそうしているじゃありませんか。私がしたくてしているんですから、神主さんは心配なんかしなくていいんですよ」

「今年は本当に大変でした。いつものように商店街の方々と打ち合わせをするだけでなく、警察の方などと警備体制のお話もしなければなりませんでしたし、事件に影響された鬼たちを癒すことも多く……何度愛さんに助けられたことか」

「私は大したことはしていません。こうしてお茶を淹れることくらいしか、私にはできませんから。それより、神主さんのほうがお疲れなんじゃないですか?」

そんなことを言いだすなんて、と愛は笑う。いつでも笑っていてくれる。それが神主にとってどれほどの救いになっているか、彼女は意識していない。けれども感謝はしていて、そう伝えたいから、神主は彼女の肩をそっと抱き寄せる。

「私の疲れは、あなたが癒してくれます。けれどもあなたの疲れを、私は癒してあげることができなくて、もどかしいのです」

神主の腕の中で、愛はきょとんとした顔をしていた。それから首を傾げ、「何を言ってるんですか」と破顔した。

「私だって、癒されてますよ。私なんかよりずーっと長生きなのに、神主さんは鈍いですね」

「? 愛さんは人間でしょう。私に人間を癒す力はありませんよ」

「そうじゃないです。大好きな人がいれば、私はそれでいいんです。いくらでも頑張れちゃうんです」

祭りの明るさは、人の営みが作る。その中で彼女は、一際輝いて見える。たとえ神主の、大鬼の長い一生の中では一瞬のことだとしても、それは深く刻まれる。神主は、この地に降り立ってから現在までのことを、一つだって忘れたことはない。変わり続けるものも、変わらないものも。

「……さて、神主さん。いつまでもこうしていると、非常に目立ちます。みんな見てますよ」

「おや」

気が付けば、境内を訪れていた人間や鬼が、みんなこちらに注目していた。にやにやしている者もいれば、「あついあつい」と大袈裟に手をうちわにして自分を扇ぐ者も見える。町中公認の仲とはいえ、堂々とくっつきすぎたようだ。

それに今日は祭りのおかげで、いつもよりも人が多い。神主は惜しそうに愛から手を離し、愛は顔を赤くしながら、小さく「またあとで」と言った。