連休になると町の外へ遊びに行くようになる人々も、最終日となれば帰ってくる。礼陣商店街にも、お馴染みの顔が戻りつつあった。

そうして店の人々と、出かけた先であった出来事や、これを持って行って良かった、これを着ていって良かったなどということを話す。出先でどれだけその店の品の世話になったかという、礼がほとんどだ。それが商店街の人々の活力になる。

「予定通り、北の方にお花見に行ったの。気温差があったから、ショールを直してもらっておいて、本当に良かったわ。勧めてくれてありがとうね、和人君」

水無月呉服店にも、そんなお客が訪れていた。和人はその話を聞きながら、「お役に立てて良かったです」と、愛想の良い笑顔を浮かべている。

その様子を見ながら、店の隅で壁に寄り掛かっている、少女の姿をした一人の鬼がいた。黒く長い髪の間から生える白く長い二本のつの。身に纏った真っ白な着物は、多くの鬼たちと同じ装い。けれども、彼女には他の鬼たちが持つような不思議な力は備わっておらず、ただこうしてそこに「いる」ことしかできない。鬼と交流することができるはずの「鬼の子」と呼ばれる人間から、認識されることもない。彼女は人間の魂が鬼になる過程である、「人鬼」という存在であった。

しかし、たった一人だけ、彼女の姿を見、接することのできる人間がいる。

客が帰っていった後、和人は店の隅に振り返り、言った。

「良かったね、美和。美和がショールのことに気が付いたおかげで、石川さんが良い連休を過ごせたみたいだよ」

『そうね。楽しいお花見で何よりだわ』

少女の人鬼、美和に名を与えた張本人であり、人間で唯一彼女の存在を視認できる、水無月和人。彼のことを美和は弟と思い、和人は美和のことを妹だと思っている。彼らは本来、双子の人間として生まれ育つはずだった。

母が双子を産んだ時、片割れの女の子は死んでしまった。男の子は生きて成長することができたが、自分は双子だったのだと知ったとき、その存在を強く意識するようになった。

一方、体を失い魂だけとなってしまった女児は、自分も片割れのように生きたいという希望を持っていた。二人の意識が引かれ合ったためか、子供を慈しむ大鬼様の情けか、女児は鬼として新しい人生を始めることとなった。その姿を、意識のもととなった片割れの和人だけは認識できるらしい。和人は自分とそっくりな少女鬼に、双子につけられるはずだった「美和」という名を与えた。

鬼たちとは交流ができるが、和人以外の人間とは一切関われない美和は、和人を通して、生まれ育つ場所となるはずだった水無月呉服店の営業に協力している。お客に合った色や柄の着物と小物を選んだり、お客の様子に気を配ったりしては、和人に伝えて品物や繕いものを勧めてもらうのだ。和人もそのおかげで家業をうまく手伝うことができ、助かっているのだった。

 

さて、春の大型連休でも、この店は営業していた。もともとあまり大きくはない店だから、こういうときにはアルバイトには休んでもらって、一家だけで対応する。美和の助けで上手に店を手伝える和人も、営業時間中はできる限り店に立っていた。

『毎年のことながら、ちっとも休みって感じがしなかったわね。店にいるか、部活に行くか、課題や受験勉強に取り組むか。和人はそればっかりだわ』

美和がそう言って呆れると、和人は笑いながら「そうでもないよ」と返した。

「店は流が手伝いに入ってくれたのもあって大変じゃなかったし、部活は楽しかった。それに夜は流と遊んでたから、十分いい休日だったと思ってるよ」

『お客以外では流としか会ってないじゃない。本当に仲がいいんだから、あんたたちは』

幼馴染の野下流は、足繁く水無月家にやってきては、店を無償で手伝ったり和人と遊んだりしていた。彼に美和の姿は見えないが、美和は彼を気に入っている。だから今日、流がここにいないことはほんの少し寂しかった。どうやら家の用事で来られないらしい。

『休みの最後の日くらい、二人で門市にでも遊びに行けばよかったのに』

「流の都合が悪いんじゃ仕方ないよ。それに僕は店にいるのも好きだから」

店のガラス戸の向こうには、商店街を行き交う人の姿が見える。美和には、鬼たちの姿も見ることができる。街の様子を眺めているのも、店に入ってくるお客たちと話をするのも、和人と美和にとっては楽しみの一つだ。

「僕が店の手伝いを好きなのは、お客さんたちを通じて、美和の存在が認められているような気がするからなんだ。美和の提案が、お客さんたちに気にいられて、お礼を言われる。お客さんたちの言う『和人君』を僕の中で『美和ちゃん』に置き換えれば、美和がすごく褒められていることになる。僕はそれが嬉しいんだ」

『やめてよ。いくら例えでも、あんたに美和ちゃんなんて呼ばれると気色悪い』

のんびりとした、この町の連休最終日が過ぎていく。時折訪れるお客たちは、こぞってこの休みの間の出来事を教えてくれる。それを聞いていると、和人も美和も幸せな気分になる。よそに行ってきたという報告などは、和人は経験できなかったことで、美和はこれから先もけっして経験できない話だ。だからこそその人の体験を想像しながら、その場で「休日の思い出」を楽しむのだ。

それに店の商品が少しでも関わっていれば、もっと良い。その人と良い時間を過ごした品があるというだけで、この店は幸せなのだ。

「ありがとうございました」

和人の挨拶に、美和も声を重ねる。誰にも聞こえない声だけれど、深く心のこもった言葉であることを、和人はよく知っている。

「美和が鬼じゃなかったら、連休は何してた? どこかに遊びに行ってた?」

『そうね……部活に行ったり、勉強したり、店の手伝いをしてたと思うわ』

「でしょう? 僕も君も、考えることはよく似ているものね」

それが自分たちの、日々の過ごし方。