海が一力家を訪れるのは初めてではない。もう何度もこの家に来ている。だが、今回のようなことは初めてだ。

いつも茶と菓子が用意されるテーブルには、それらとともにDVDが積まれている。レンタルショップで映画を何本も借りてきたらしい。ケースに貼ってあるシールを見る限り、ジャンルは様々だ。ホラーにコメディ、アクションにラブストーリー、ドキュメンタリーにアニメまである。

「これ、全部観るつもりですか?」

半ば呆れて海が尋ねると、大助はさも当然というように答えた。

「だから泊まりの準備して来いって言っただろ」

本日は一力家恒例らしい、映画鑑賞会。そこに海も呼ばれたのだった。サトも誘ったのだが、どうやら部活があるために来られないということだ。自分も家事があるからと言って断れば良かったかと、海は少しだけ後悔していた。

「なんだかうんざりした顔してるね、少年。そのうち楽しくなるから、一緒に付き合ってみなさいよ」

妙に気安い女性は、大助の兄の婚約者だという。大助は「頼子さん」と親しげに話しているが、海にとっては知らない人だ。もともと女性が苦手なので、応対が余計に難しい。戸惑っている海を置いて、この家の行事はどんどん進む。

「どれから観ようか。最初は思いっきり笑えそうなのにする?」

一家とは昔なじみであり、すでに家族の一員のように振る舞う亜子が、DVDの山から一枚を抜き出す。「笑えそうなの」と言って取ったそのラベルには、「ホラー」と書いてある。亜子にとってはこれは笑いの範疇らしい。

「ホラーは二枚目にしましょ。一枚目はこっち」

大助の姉である愛が「コメディ」のラベルのついた一枚を差し出す。大助が慣れた様子でそれをケースから取り出し、プレーヤーにセットする。このやりとりは毎度のものらしい。一枚目は愛の一存で決まるのだ。

まずは予告や宣伝から始まる映像も、一力家の人々は真剣に観ていた。亜子と愛はメモをとりながら、早くも次の上映会に備えて情報を仕入れている。その間に恵が、テレビの画面を見ながら、茶のおかわりを準備する。頼子はそれを手伝いながら、やはり予告の内容を気にしているようだった。

きっとこんなことが続いて、映画鑑賞会はこの家の恒例行事となったのだろう。

一方、海は、映画はわざとらしい感動ものや恋愛もの以外ならまあまあ好きだという程度だ。一度だけ、大助と亜子とサトと一緒に、隣町までアクション映画を観に行ったことがある。けれどもそれが今のところ、映画を真剣に観た最後だった。

こんな鑑賞会をするほど、しかも何本も続けて観たいと思うほど映画が好きというわけではない。それに積み重なっているDVDには、苦手な恋愛ものも含まれている。全部が全部楽しめるかといえば、そうはとても思えない。

はたしてこの一家のノリについていけるだろうか。予告が上映されている間中、海はそのことばかりを気にしていた。

 

ところが、一作目のコメディ映画から、その不安は覆された。その内容にみるみる引き込まれ、面白いシーンではどっと笑う。最初はふきだす程度だったが、一力家の人々が声をあげ、腹を抱えて笑うので、次第にそれにつられていく。気づけば、海も盛大に大笑いしていた。

「これ、笑えますけど……扱ってる内容かなり重いですよね。ブラックジョークってやつですか?」

「そうだね。資本主義を巧妙に揶揄している作品だ。こういうことは自分たちの身近にも起こっていると感じて、面白いと思うんだろうね」

「こういうの、私好きよ。解釈のしようが何通りもあるもの」

何気なく呟いた言葉を、恵や頼子が拾ってくれる。ワンシーンの笑いを抜き出して、大助と亜子と愛が「これは笑えた」「良い仕掛けだったね」と議論をする。同時に茶と菓子に手をのばし、十五分ほど歓談していた。

これが一力家式の、映画鑑賞会の休憩時間なのだ。とにかく感想を言い合いながら目を休める。けれども楽しむことは止めない。まだ一本目を観終わったところだというのに、海にはもうこの家の映画鑑賞会のあり方というものがわかってしまった。というよりは、思い知らされた。

感想を持つことは、それを語り合うことは、心を開き相手を受容することにつながる。自分とは違う視点を知ることで、新たな世界が見える。それがこんなにも面白いことだとは。

「海君は頭が良いね。この作品に込められたであろうメッセージを、上手に汲み取ることができる」

恵に褒められて、海は少し照れくさかった。

 

二本目は予告通り、ホラー映画だった。ただ、怖くはなかったが、映像がどこまでも美しい。細部までこだわったカメラワークと美術に圧倒される。あらすじだけを見たならば少々安っぽくも思えるのだが、蓋を開けてみれば全く違った印象がそこにあった。

「水のシーン、すごくきれいだった! 期待以上だったよ!」

どうやらこの作品を選んだのは亜子らしい。前評判をチェックした上で観たらしいが、それ以上の収穫があったようだ。

「ホラーはいつも亜子ちゃんの担当なの。たまにとてもグロテスクなスプラッター映画を選ぶときもあるから、油断できないけれど。今回は作品的に大当たりだったね」

目を閉じれば瞼の裏に映るような映像美に、愛もうっとりしている。逆に「もう少し恐怖要素があれば良かったな」と欠伸をしているのは大助だ。当然だが、各々作品の好みというものがあるらしい。

三本目のしっとりとしたラブストーリーは、海にとってはつまらないを通り越してイライラした。観終わった後、女性陣は熱く語りあっていたが、大助と恵が「ちょっとあざとすぎる」「眠かった」などと言っていて、海は少し安心した。そんな感想でも、言ってもかまわないのだ。

一旦食事を挟み、四本目は気を取り直してアクション。ストーリーは少々短絡的だったが、とにかく迫力のあるシーンが満載だった。この役者の、あるいはスタントマンの動きが良かったということなどで、大助と海は大層盛り上がった。そこに恵が知っている役者の逸話や作品の撮影秘話などを交えてくれ、さらに話は白熱した。

五本目はアニメだったが、ストーリー構成が巧妙で、画も綺麗。思わず見入ってしまった。内容が子供向けではないアニメーションを見るのは初めてではないが、これは特に大人のために作られた作品のようだった。もう少し経験を積んでから見ると、また違った見方ができるかもしれない。現に恵と頼子は、何度か頷きながら観ていた。

六本目はドキュメンタリーだった。まるで物語のようだが、現実にあった物事を追っているのだと思うと、どきどきする。いや、たしかにこれは、物語だった。どんな物語も、人間の一生から生まれるのだと、海は思った。映画を観終わってからそれを口にすると、「なかなかロマンチックなことも言えるんじゃない」と亜子に頭を撫でられた。先ほどの恋愛映画をつまらなそうに眺めていたことを、気にされていたらしい。

ここまで観終わったところで、愛と頼子が作っておいたらしい夕食をとる。遅い食事になったが、映画について延々と語っていたので、空腹はそれほど気にならなかった。これまでに観た六本の総括をするように、それぞれが好きな作品の好きな場面を話す。美味しい夕食から、作中に登場した食事の話題へと発展する。

映画のDVDは、やっと半分見終えたところだ。まだまだ歴史ものやほのぼのとした日常ものなど、一力家の人々や亜子、頼子のおすすめが残っている。まだまだ物語との出会いは終わらない。

「大助さん、今度上映会するときも呼んでください」

「お、うちの映画鑑賞会が気に入ったか? 何度だって呼んでやるよ」

大助がにかっと笑う。きっと次の機会も、誘ってくれるだろう。そのときはきっと、まぜてもらおう。

それから、自分でも映画を借りてきて、サトでも誘って一緒に観てみようか。一度観たものでもいい。また違う発見があるかもしれない。

次の作品が始まるのが、待ち遠しい。