友人の結婚を祝ったとき、つくづく思ったことがある。学生時代に半ば冗談で「こいつが一番早く結婚しそうだな」と思っていた「こいつ」は、高確率でその通りになる。三十路を迎え、これまでに何人かの友人がめでたくお相手と結ばれているが、どのグループでも過去に「最初に結婚するんだろうな」と思っていた奴が本当に最初に結婚していた。

けれども「いつまでも結婚なんかできないだろうねー」なんて話していた仲間が本当にその通りになるというパターンはあまりなく、結局は収まるところに収まるんだなというのも、また実感したことである。

そんな私であったが、このたび、収まるところに収まることとなった。という報告を友人たちにすると、生まれて初めて「絶句する人間」を見ることができた。

「……ウソでしょ?」

高校時代からの付き合いになる友人が、やっと何か言ったと思ったらこれだ。「本当です」と返したら、一斉に「信じられない」という声があがった。どうやら友人たちの中で、私が結婚するというのは「この先もありえないこと」だったらしい。君たちが私をどう思っていたか、よくわかったよ。

「相手は? 頼子の変な趣味に付き合ってられる人なんて、そういないと思うけど」

「私の趣味を変だとは失礼な」

「変でしょー! 一緒に旅行に行った時だって、私たちが買い物したり遊んだりしてる間に、あんた一人で史跡巡ってくるとか言っていなくなってたし!」

「どこに行くのも何をするにも歴史かなんかの本持って、一人で行動するのも全然平気で! そんな頼子が結婚とか、絶対ないと思ってたのに!」

そうか、そういう認識だったか。ここにきてみんな本音が出たな。私は変な趣味を持つ、一生独身の可能性が高い、奇妙な奴だったわけだ。

それはひとまず置いておくとして。友人たちは相手のことが気になるらしく、そのうち私をいたぶるのをやめて、あれこれ聞き出し始めた。

問い、その一。相手も変人なのか。これまた失礼な質問だ。

「普通の人だよ。大学に勤めてる人」

「学術関係? 頼子が選びそうな相手だわ……」

問い、その二。出会ったきっかけは。

「私が神社めぐりしてた時にお世話になったの。一宿一飯の恩から交流が始まったんだっけな」

「頼子らしいというか……一宿一飯? 男のところで?」

問い、その三。それって、いつの話なの。

「大学二年の夏」

「十年前?! 付き合い始めたのはいつよ?!」

「だから出会いも付き合うようになったのも大学二年の夏。今まで言わずにいたのは、こうやって意外だって言われるのがわかってたからと、言う必要もなかったから」

私の答えに、友人一同は唖然としている。あの当時、すでに私が誰かと結婚に発展するような付き合いをしていたなんて、想像もできなかったのだろう。私は彼女たちのいうところの「変人」だったのだから。

ここまで期待をされない人間もいるものなんだなと、私は自分に感心してしまった。

「それで、なんで結婚するまでに十年もかかるわけ? もっと早くできたんじゃないの?」

おっと、問いその四だ。それには説明するには少々面倒な事情があるので、言っていいものかわからない。なので、私はどこをうまく抜き出すか考えた。

 

友人たちに答えたとおり、私と縁のあった相手の恵君とは、大学二年の夏に出会った。当時は彼も大学二年であったが、私なんかよりもずっと大人だった。彼には中学生の妹と小学生の弟がいて、両親がいなかった。大人にならざるをえなかったのかもしれない。

それでも彼が大学に進んだのは、それが彼の唯一の拠り所だったからなのだ。好きな勉強をしているときは、彼は三人兄弟の長男ではなく、恵という名の個人になれた。

私と出会ったのは、そんな折だった。その夏、私は彼と出会い、彼の家族に会い、彼の住む町と出会った。全てを愛しく思いながらも、時々全てを忘れて逃げ出したくなると語った彼を、私は人間らしくて美しいと思った。そして彼が愛する全てを、私も愛したくなったのだ。

あの夏の別れ際、彼も私を好いてくれたと知ったとき、どれほど嬉しかったことか。「またいつでも来て」と言ってくれた彼の家族の、なんと温かかったことか。私が教師となって、あの町の学校に採用されることが決まったとき、天にも昇る気持ちとはこういうことかと思ったことを、よく憶えている。

町の住人となった私を、恵君は、彼の家族は、「おかえり」と迎えてくれた。

実は、この時点で結婚の話はあがっていたのだ。けれどもそのとき、彼の妹はまだ高校生であり、進路に悩んでいた。弟は学年こそあがっていたが、まだ小学生だった。

私たちは考えた末に、一つの結論を出した。結婚は、末っ子が独立してからにしようと。そもそも恵君もまだ大学院に籍を置いていたし、私は教師といえどド新人だった。この話はもっと先にしようと、見送ったのだった。

それからまた何年も経ち、今年ついに末の弟が高校を卒業して、働き始めた。兄や姉とは別の道を選んだのは、私たちに気を遣ったということもあったのだろうと思う。この末弟は私の生徒でもあったのだが、彼は高校を卒業した日、「これで兄ちゃんと頼子さんも、心置きなく結婚できるな」と言っていた。

そうして私たちは、やっと先送りにしていた話を再開したのだ。

 

「……十年経つから、結婚するの」

友人たちの問いを、私はこの一言で流した。「それも言う必要のないこと?」と言われはしたが、まったくその通りなので、「そういうこと」としか答えなかった。

自分の抱えるものを外に出さず、しかし自分勝手には動くという私に、恵君も友人たちもよく付き合ってこられたものだと思う。こうして友人同士で集まることができるということですら、私にできるとは思わなかった人間が、きっといるはずだ。

「頼子は式とか挙げるの?」

「しない。写真だけは撮ることにしたけどね。義妹がそれだけは絶対にしなさいって」

私の両親に見せるために写真は撮っておけと、義妹や恵君から言われている。もう自分勝手に振る舞うことはしないと決めた私は、その言葉を受け入れた。そのことすら友人たちには意外だったらしく、感心された。「頼子は写真すら撮らないんじゃないかと思った」らしい。

「頼子も変わるんだね。そのまま自分を貫いて生きるんじゃないかと思ってた」

「教師になるって聞いたときもびっくりしたよね。あの勝手気ままな頼子に教育者が務まるのかってさ」

友人たちは相変わらず言いたい放題だったが、最後にはちゃんと「おめでとう」と言ってくれた。それに続く言葉が、「旦那さんに迷惑かけるんじゃないよ」だったけれど。

肝に銘じます、と返して、私は独身最後の友人たちとの夜を締めくくった。