ここで働き始めてしばらくになるが、シフトが被ったのは初めてだった。おそらくは店長が高校生だけを店に残さないように調整していたのだと思う。

だから今日のこの状況はイレギュラーだ。そのおかげで、二人は初めて顔を合わせることになった。

社台高校一年の近江健太と、礼陣高校一年の日暮黒哉。彼らは礼陣駅前のコンビニエンスストアでアルバイトをしている。

 

時刻は部活帰りの学生たちが立ち寄る頃。少しばかり忙しくはなるが、健太も黒哉も手際よく、レジに来る客に応じていく。

そうしながら、成人雑誌のコーナーにいる学生たちを気にしていた。もちろん成人雑誌というからには、高校生の立ち読みは遠慮していただいている。だが、彼らは堂々とそこに屯していた。

客が途切れたところで、健太は黒哉にぼそりと言った。

「橋本さんに聞いた作戦、試してみるか」

橋本さんは、本来ならば今日この時間にシフトが入っている大学生だ。彼が追試のために来られなくなったので、健太が急遽代役をつとめることとなったのだった。どうやら健太は、その橋本さんから様々な「イタズラ」を伝授されているらしい。

黒哉も聞いたことがないわけではないのだが、さすがに実践はしてこなかったし、黒哉が一緒のときは、橋本さんもそれを実行してこなかった。おそらくは、黒哉が至極真面目に仕事をしていたせいだろう。なんとなく「イタズラ」をしにくい雰囲気を作っていたのだろうなと、黒哉は思っていた。

だが、健太はそんな遠慮などするつもりはないらしい。彼は町で最も学力レベルの高い学校に通ってこそいるが、こういう悪巧みはどうやら大好物の部類らしかった。

他の客がいなくなったのを見計らって、学生たち――恰好からして、遠川高校の学生のようだった――は互いをつつきあいながら、レジに雑誌を持ってきた。別の漫画雑誌を重ねて、隠すようにして持って来るが、そんなことは無駄である。

応対は健太がやった。にこやかに「いらっしゃいませー」と言うと、その作戦にかかった。

流れるように商品を通して値段を告げると、成人雑誌の表紙を表側に向け、タイトル部分がはみ出るくらいの大きさの袋に入れる。ここまで、人の良い笑顔を全く崩さない。

だが学生たちは頬をひきつらせ、互いに顔を見合わせてから、遠慮がちに「あの」と言った。

「もう少し、大きい袋に入れてくれますか……」

さっきまで成人雑誌コーナーに集団で溜まっていたとは思えない口ぶりだ。それに対して健太はすらすらと返事をする。

「ああ、申し訳ございません。随分長い時間あのコーナーに堂々とおられたので、気にしない、寧ろご趣味を周囲に知らせたくてたまらないのかと思いまして」

少年たちはその言葉を聞くと、金をカウンターに乱暴に置き、つり銭だけは律儀に受け取ると、商品を奪うように抱えて出て行った。

「ありがとうございましたー……今度はもっと時間と状況考えて来いよ、馬鹿校生が」

聞こえていないであろう前半部分と、とても小さな声で呟いたのでもっと聞こえなかったであろう後半部分を、黒哉は唖然としながらも全て聞いていた。

 

「日暮君、オレにドン引きだったね」

「一歩間違えれば店の評判に関わるからな」

交代の時間がきて、バックヤードに入ってから、健太は大笑いしていた。黒哉がどれだけはらはらしていたか、彼はわかっているのだろうか。

高校生に成人雑誌を売ったことも、そのときとった行動と告げた台詞も、黒哉からしてみれば信じがたいことだった。あの少々だらしのない橋本さんから教わったイタズラを、本当にやる人間が存在するとは。しかも、町でもっとも学力の高い進学校の学生が、だ。いや、だからこそ「馬鹿校生」などという言葉が出たのかもしれないが。

「行動が問題になって、クビになっても知らねーからな」

「うん、日暮君は全く関与してないからそれでいい。これはオレが独断でやったことだ」

「その独断で店全体が迷惑被るんだが」

「あー……それはまあ、ご迷惑おかけしましたってことで」

初顔合わせの日が、まさかこんなことになるとは思ってもみなかった。同じ高校一年生が働いているということは互いに知っていたが、健太がこんなにも大胆な人間だと黒哉は思っていなかったし、黒哉が人目を気にすることなくごく普通に働いていることに健太も驚いていた。

礼陣きっての優等生、近江健太の本性は、その場の勢いで動いてしまう子供じみたもの。

この春に殺人事件で親を失くし、礼陣の悲劇の主人公となった日暮黒哉は、そんな事実などまるで気にしていないかのようだ。

「日暮君、普通の人なんだな。もっと陰鬱とした人かと思ってた」

「そっちこそ、社台高校のヤツってもっと真面目なんだと思ってたけど、違うらしいな」

「そりゃあ、ヤシコーだって所詮は高校生の集まりだもの、いろんなのがいるよ。日暮君、メルアド交換しよう。そんでたまにシフト合わせてもらおうよ」

「近江君と一緒に入ると橋本さん以上にはらはらするから嫌だ」

口では拒否しながらも、黒哉は結局この日、携帯電話に入っている連絡先を一つ増やすことになった。ついでに呼び方も、話しているうちに名前の呼び捨てへと変わっていた。

「黒哉、独り暮らししてるんだろ。飯とか作ってんの?」

「やらなきゃ食えないからな。健太も独り暮らしだっけ、店長が言ってた」

「そう。だからバイトして生活費稼いでんの。だってうちの親、オレがヤシコーに合格して教科書と制服揃えた途端に、転勤するって言うんだぞ。いくらなんでもそりゃないだろ」

そこに至るまでの境遇は異なるが、独り暮らしをしているという状況は同じだ。そんな同い年の二人が同じところで働いているというのも、何かの縁だろう。

たまには苦労でも語り合おうぜ、などといいながら、その日は別れた。

次にシフトが重なるのは、いつになるだろう。おそらくは橋本さんがもう一科目くらいは追試になると思うので、その日あたりが濃厚か。いや、バイト先でだけでなくても、会おうと思えば会えるのだろう。

 

余談だが、それから例の高校生たちが成人雑誌のコーナーに居座るということはなくなった。だがこのコンビニを利用しなくなったわけでもなく、店員の顔を確かめてから店に入ってくるようにはなった。

橋本さんはこの一件を聞いて、「俺でも実際にやったことないのに、すげえな健太」とコメントして、黒哉をさらに呆れさせた。