どこを見ても女子ばかり。町の内外から集まった女という女が、この敷地内を埋め尽くしている。春の服に身を包み、きゃっきゃと笑っている。
わたしもその中の一人だ。この礼陣の町に生まれ育ち、町の女子大に進学した。私立北市女学院大学――女子のための総合大学を謳っている、この学校に。
そもそも北市女学院は、幼稚舎から大学まで一貫して女子の教育を行なうところだ。このさほど大きくない町で、女子がキャリアを積めるようにと作られたそうだ。現在は女子に高等な教育を施すための名門校として名を馳せている。
そんなところに進学したのだから、わたしもさぞ頭が良いだろうと思うかもしれない。けれどもこの学校は、上にいくにつれて間口が広がっているのだ。幼稚舎、初等部、中等部の入学試験はとても難しく、クリアするためには相応の準備が必要になる。高等部入学試験は、町の女子中学生たちの力試しの場になる。
けれども大学は、学部も募集人数も多いために、わたしのような半端者でもなんとか引っかかることができるのだ。とはいえ全く楽だったわけでもないので、引っかかるために、友人に勉強を見てもらったりもした。
そうしてわたしは、北市女学院大文学部の一年生になった。専攻は欧米文学だ。
「亜子ちゃん、北市女学院にようこそ!」
大きな講堂での入学式が終わった後、友人がすぐにわたしを捜し出して、声をかけてくれた。看護学部の、野下桜ちゃん。幼稚舎から北市女学院に通っている、礼陣の女子の中でもまさにエリートの部類だ。彼女はわたしがお世話になった先輩の妹で、先輩を通じて仲良くなったのだった。学部の違う入試の勉強も手伝ってくれた、わたしにとっての親友であり、恩人である。彼女の存在なくして、今のわたしはない。
「桜ちゃん、これからよろしくね。学部違うから、会えるかどうかわかんないけど」
「一年生のうちは教養が多いから、同じ講義とれるかもしれないわよ。シラバス見てみようよ」
地元の大学とはいえ、その一員になるというのは、やはり緊張する。その中で、内部をよく知る味方がいるというのはありがたい。おまけに桜ちゃんは頭が良いので、きっとわたしの不安をうまく取り除いてくれる。
わたしはガイダンスまでの空き時間を、さっそく桜ちゃんと過ごすことにした。一緒に受けられそうな教養科目を探して、履修の計画を立てるのだ。
混んでいる学食で、なんとか空席を見つけると、わたしたちはそこで昼食とシラバスを広げた。
周りも同じようなことをしている学生ばかりだ。それが女子ばかりということに、今まで共学だったわたしは、未だ慣れない。桜ちゃんにとっては当たり前の光景が、わたしの目には奇妙に映る。
周囲を気にしながら、学部が違っても受けられそうな科目に印をつけていると、空いた隣の席に滑り込むようにしてやってきた子がいた。落ち着かないといった様子が、彼女もわたしたちと同じ一年生で、且つわたしと同じ共学校出身であることを窺わせた。
彼女はわたしを見ると一瞬目を丸くし、それからわたしたちの手元と桜ちゃんを見て、少し安心したような表情をした。
「ねえ、新入生?」
彼女は桜ちゃんに向かって話しかける。わたしに話しかけても、言葉が通じるかどうかがわからなかったのだろう。いつものことだ。
わたしの見た目は金髪と色素の若干薄い瞳という、日本人らしくないものだから。
桜ちゃんはわたしを気にしながら、話しかけてきた彼女に応えた。
「ええ、一年生よ。といっても、私は幼稚舎からここにいるのだけれど」
「あ、そうなんだ。だから落ち着いてるし、留学生とも話せるんだね」
彼女は桜ちゃんの返事に感心しながら頷いていた。やっぱりわたしのことは、外国から来た人間だと思っているらしい。
「留学生じゃないんだけど」
「え、違うの? ていうか、日本語上手いね!」
我慢できずに口を挟んだわたしに、彼女はあからさまに驚いた。感情表現がとても素直なんだろうけれど、一歩間違えば失礼な人だ。
「だから留学生じゃないんだってば。そっちも新入生?」
「うん。文学部日本文学科の、塚居凪」
彼女はあっさりと自己紹介をしてくれた。まさか同じ学部だとは。相手に名乗らせておいて何も言わないのはおかしいので、わたしたちも名前と所属を言う。
「わたしは文学部欧米文学科、皆倉亜子」
「野下桜です。看護学部看護学科よ」
「皆倉? うわ、本当に日本人なんだ。野下さんは頭良いんだねえ」
明らかにわたしと桜ちゃんの扱いが違うな、この子。ええと、たしか塚居……
「文学部同士よろしくね、塚居ネギさん」
「な・ぎ! わざと間違えたでしょう、あんた」
「ちょっとちょっと、二人ともぶつからないの! 塚居さん、よろしくね」
このときから、わたしと凪と桜ちゃんという三人の関係が始まった。凪が遠慮を知らない失礼な奴でなければ、わたしたちは出会わなかっただろう。
「凪でいいよ。私も桜とあほって呼んでいい?」
「亜子だってば。訂正しないと、この先ずっとネギって呼ぶからね」
「先にネギ呼ばわりしたのはあんたでしょうよ」
「だからぶつからないでってば!」
その年の春。わたしたちのキャンパスライフは、こうして幕を開けたのだった。