終業式も無事終わり、礼陣の学生たちに春休みが訪れる。進級を控えた礼陣高校一年生六人組は、御仁屋に集まっていた。春の甘味を楽しみながら、思いを馳せるのは新学期のこと。
「教科書買った? あの理科系科目の厚さときたら……頭痛がしそうだよ」
はあ、と大きな溜息を吐きながら、詩絵が言う。次学年で使う教科書の厚さと重さに、すでに辟易しているらしい。
「詩絵ちゃん、理数系苦手だもんね。私は北市女コースだから、英語が多いの」
千花は困ったように笑って言うが、実際のところはそれほど困っていない。詩絵ほど苦手な科目は多くないので、少々余裕を持って二年生になれる。
礼陣高校のカリキュラムは選択単位制だ。必要に応じて受講する科目を決め、学ぶ。進路によって多種多様の組み合わせができるが、早めに将来のことを決めておかなければ、受ける授業と進路がマッチせずにあとで苦労することもある。
一年次での選択は芸術科目程度だったが、二年次からは本格的に進路に向けた活動が始まる。そのために一年次の秋には大方の進路の目星をつけ、選択科目を決めなければならなかった。
「選択科目が多くなるから、同じ教室で授業受けることも減るんだな」
「そもそもクラス替えがあるから、同じ選択とってたらラッキーじゃん?」
しみじみと言った新に、飛鳥が返す。一年次と二年次の間には、クラス替えもあるのだ。一年間同じクラスだった自分たちも、学年が上がれば分かれてしまうかもしれない。だが、できればまた同じクラスでありたいものだ。二年次には三泊四日の旅行があり、さらにそのクラスは三年まで持ちあがりになる。このクラス替えがこれからの高校生活を左右するといっても過言ではない。いずれにせよ、選択した科目が異なれば、普段もずっと一緒というわけにはいかなくなるのだが。
「同じクラスになれるといいなあ。すっかりこの六人で定着しちゃったし、行事も一緒にやりたいもの」
「ああ。先輩たちみたいに、楽しめたらいい」
春の言葉に秋公が頷く。まさに青春を謳歌しているという表現がぴったりの先輩たちのように、自分たちもこれからの生活を楽しみたい。どうせ卒業すれば、進路は分かれてしまうのだから。
「先輩、か。海先輩たちと過ごせるのも、あと一年かー」
「来年の今頃は大学も決まって、引っ越ししようとしてるかもね。海にい、県外の大学行くって言ってたし。地元に残るのって、莉那さんだけかな」
「そうかも。来年の今頃は寂しくなるね……
先を見ると、きりがない。別れは必ず、何度でもやってくる。だから自分たちは、この一年を大切にしたい。別れるその日に、「楽しかったね」「良い高校生活だったね」と笑いあえるように。今はそのための、重要なポイントなのだ。
いや、いつだって重要なのかもしれない。気に留めず、過ぎ去ってしまうだけで。
「寂しいばっかりじゃないと思う。きっとその分、新しい出会いがあるんじゃないか。後輩も入ってくるし」
「アキの言う通りだな。弓道部、今年はどんな奴が入ってくるだろう」
「ついに来るのか、志野原先輩と呼ばれる日が! 部活紹介でかっこいいところ見せないとな!」
男子三人が前向きになったところで、女子も頷きあう。春休みは短くて、宿題もないが、新学期の準備で忙しい。特に新入生のための部活紹介に向けて、各部はもう企画を始動させていた。新と飛鳥が所属する弓道部では、例年通りに射の実演をする。春は陸上部で、大会実績のまとめに加えて何をするかを話し合っているところだ。詩絵はソフトボール部だが、企画はまだ練っている最中だという。千花は合唱部なので、部活紹介に加えて、新入生への校歌指導もしなければならない。
「アキのところは何かするの? 部活紹介」
「平野先生が張り切ってるけど、俺と黒哉先輩はどうするか悩んでる。どっちにしろ、黒哉先輩は剣道部のほうにいるらしいから、やるとしたら俺と先生で……
「なんか別の意味で大変そうだね、歴史愛好会」
秋公の所属している礼陣歴史愛好会は存在自体が特殊なので、そもそも紹介の枠に入るかどうかというところから始めなければならない。だが新入生、もとい一緒に顧問の暴走を止める人はほしい。
それに、新しい出会いは、いつだって心に影響をくれる。良いものであるにせよ、そうでないにせよ、必ず変化をもたらしてくれる。秋公だけでなく誰だって、それを求めていた。
「楽しみはたくさんあるね。新しいクラスに、後輩たち。これからいくつもある行事。なんだか春休みが終わるのが、待ち遠しくなってきちゃった」
新しいことの始まりは、期待と不安に満ちている。だからこそこんなに、話が盛り上がる。どんな日々が待っていても、またこの六人で笑いたい。
もっと増えてもかまわない。でも、減ってほしくはない。それぞれが自分のことに忙しくなってしまっても、こうしてまた集まってお茶とお菓子を楽しむことができればいい。
来年の今頃も、同じように。