私たちの家の隣には、ふわふわの黒髪と黒い瞳の可愛い女の子が住んでいる。年齢はお姉ちゃんより下で、私より上。お父さんと二人暮らしだ。
その子の名前は千花ちゃんという。少しだけ恥ずかしがり屋で、でもときどきものすごく大胆な、不思議な女の子だ。
千花ちゃんがうちに遊びに来るようになったのは、いつの頃からだろうか。気がついたらもうそこにいて、私たち姉妹に混ざっていた気がする。
それでも、四人姉妹だと思われることはなかった。私たち三姉妹と、千花ちゃん。どこに行っても、誰が見ても、そう認識していた。私たち姉妹はよく似ていたけれど、千花ちゃんはそうではなかったし、雰囲気も違ったのだと思う。
「葛木さんのお嬢さんたちと園邑さんのお嬢さんはいつも仲良しね」
そう言われることに私たちは慣れていて、別段気にしたこともなかった。それは事実で、当たり前のことだからだ。
それが変化したのは、千花ちゃんが中学生になってからだった。お姉ちゃんが二年生、千花ちゃんが一年生で、同じ学校に二人で通うようになった。
その頃私と妹はまだ小学生で、中学生はとても大人であるように思っていた。お姉ちゃんと千花ちゃんは、私たちより先に大人になってしまったのだ。
当時の私は、千花ちゃんがとても羨ましかった。私と妹はお姉ちゃんっ子で、いつも明るく優しいお姉ちゃんが大好きだった。今でもそうだ。
そんなお姉ちゃんと、朝から晩まで同じ空間にいられる千花ちゃんに、小学生の私は本気でヤキモチをやいていた。たぶん、千花ちゃんからすればとても戸惑っただろう。それまで仲良くしていた隣の家の子が、急に冷たくなったのだから。
私が何度かわざと呼びかけを無視すると、千花ちゃんは遠慮して私に話しかけてこなくなった。代わりにお姉ちゃんと話す機会が増えて、私は余計に千花ちゃんを疎ましく思ったものだった。
あるとき、私のあからさまな態度が気になったのだろう、お姉ちゃんが私に訊いてきた。
「最近、千花ちゃんとお話しようとしないね。どうして?」
「……別に、どうもしないけど。なんとなく」
私はお姉ちゃんに、千花ちゃんを羨ましがっていることを知られるのが嫌だった。どうしてかはわからなかったけれど。今思うと、甘えているみたいで恥ずかしかったのかもしれない。実際、甘えていたわけだが。
そっけなく答えた私に、お姉ちゃんは言った。
「千花ちゃん、寂しがってたよ。玲那と前よりお話できなくなったって。もっと玲那と仲良くしたいって」
当時の私には、それを素直に受け取れるだけの気持ちの余裕がなかった。お姉ちゃんをとられるかもしれないという思いで、頭の中がいっぱいだった。だから、こんな言葉を返してしまった。
「千花ちゃんはそうでも、私は違うもん。私、千花ちゃん好きじゃない!」
本当は、そんなこと少しも思っていなかった。……ううん、少しは思っていたから、こんな言葉が出たのかもしれない。でも、心の底からそう思っているわけではなかった。
だって、千花ちゃんも私のお姉ちゃんのようなものなのだ。幼い頃から一緒にいた、もう一人のお姉ちゃんだった。
私は言ってしまってから、その言葉をひどく後悔した。本当はこんなことを言うつもりはなかったのと、お姉ちゃんの悲しそうな顔を見たことで、私はもう泣きたくなってしまった。実際、部屋に閉じこもって泣いた。
お姉ちゃんは、あの言葉を千花ちゃんに伝えるだろうか。そうしたら千花ちゃんは、私のことをどう思うだろうか。嫌な子だと思って、もう二度と話しかけてこなくなるんじゃないだろうか。そんな不安の中で、私はずっと泣いていた。
けれども、千花ちゃんは翌日、私を見るといつものように「おはよう」と言ってくれた。何事もなかったかのような笑顔で。今にして思えば、お姉ちゃんが私の言ったつまらない言葉をいちいち千花ちゃんに言うはずもないので、それが当たり前のことだったのだろうけれど。
私は、私が「好きじゃない」と言ってしまった千花ちゃんに声をかけてもらったことが嬉しくて、同時に申し訳なくて、その場でまた泣いてしまった。
私が突然泣き出したものだから、千花ちゃんはたいそう驚いたことだろう。あわててハンカチを取り出して、おろおろしながら言った。
「どうしたの? どこか痛くしたの?」
私が首をぶんぶんと横に振ると、千花ちゃんはさらに困った顔をした。
「じゃあ、何か悲しいことがあったのかな。私でよければ、相談に乗るよ。玲那ちゃんの力になれるなら、なんでもするよ」
私はあんなにひどいことを言ったのに、千花ちゃんは私にとても優しかった。千花ちゃんは何も変わっていないのに、私だけが勝手にお姉ちゃんをとられたくなくて拗ねていたのだった。そのことに、この瞬間ようやく気づくことができた。
「ごめんね、千花ちゃん。私、千花ちゃんのこと大好きなのに、お話しようとしなくて。ごめんね」
泣きじゃくりながら言った私に、千花ちゃんはにっこり笑ってくれた。
「そんなの、謝らなくていいよ。大好きって言ってくれてありがとう。私も、玲那ちゃんのこと、大好きだよ」
そうして私を、ぎゅうっと抱きしめてくれた。もっと幼い頃に、よくそうしてくれたように。
私たちの家の隣には、ふわふわの黒髪と黒い瞳の可愛い女の子が住んでいる。年齢はお姉ちゃんより下で、私より上。お父さんと二人暮らしだ。
その子の名前は千花ちゃんという。
千花ちゃんは私のもう一人のお姉ちゃんで、本当のお姉ちゃんと同じくらい大好きな人だ。だから私は、千花ちゃんが遊びに来てくれれば嬉しいし、千花ちゃんが部活で活躍する機会があれば応援に行く。
そして千花ちゃんが私に話しかけてきてくれたら、にっこり笑って応えるのだ。