公民館がいつになく若者で賑わう、一月の日。
振袖にさらに小物を加えて、思い思いに着飾った女の子たちと、初々しいスーツ派と由緒正しい袴派に分かれた男の子たち。
ところどころから「久しぶり」「元気だった?」「今何してるの?」と声が飛び交っているのは、町を離れていた者が多いためだ。なにしろ小さな町だから、ほとんどの若者が高校を卒業したら出ていってしまう。
しかし、今日戻ってきたのは、やはりこの町で生まれ育ったから。この場所で子供だった時を過ごし、たくさんのことを経験して学んできたから。
彼らはこの地に、人に、感謝しながら集まるのだ。

「しーんどーっ! こっちこっちー!」
もう二十歳だというのに、サトのノリは小学生の時から変わっていないように思う。髪はワックスで立てているし、スーツは似合っているが、ネクタイはド派手な柄だ。典型的な成人式ハイである。
海は呆れながら手を振り返し、サトのそばまでやってきた。着込んでいる紋付袴は、父から譲り受けたものだ。進道家に代々伝わるものなのだという。
「やっぱり進道は和服が似合うな」
「どうも。サトも似合ってるよ、そのふざけた柄のネクタイ」
「それ褒めてんの?」
正月休みに会ったばかりなのに、なんとなく新鮮な気持ちになるのは、やはりこの空気のせいだろう。今日から大人の仲間だと認められる、そんな気恥ずかしくもあり、誇らしくもあるという空気。それがこの会場いっぱいに満ちているのだ。
「成人式かー……。オレたちもそんな年になったんだな」
「十年後もサトは同じ台詞吐いてそうだな」
しみじみと言うサトを笑いながら、海は同じことを思っていた。
二十年、生きたのだ。正確には、二十年と五ヶ月を。長いようで短かった。ときには死にかけたこともあったのに、ここまでやってこられた。そう思うとやはり感慨深いものがある。
「あ、いたいた。海君、サト君!」
この二十年のことを考えていたら、不意に名前を呼ばれた。振り返ると、桃色を基調とした華やかな振袖を着た莉那が大きく手を振っていた。化粧も今日のためのものなのか、いつもより艶やかだ。
「莉那ちゃん、綺麗だな! オレのところに嫁に来ない?」
「残念、それはできません。でも、今日のサト君は素敵ね。海君も、よく似合ってる」
「ありがとうございます。莉那さんも、いい着物ですね」
「それはそうよ。水無月呉服店であつらえてもらった品だもの」
そう言って、莉那はくるりと回ってみせる。可愛らしくて、けれどもやはりどこか大人の香りがするところが、この場にふさわしい。
彼女はちゃっかりデジタルカメラを携帯していて、あとで写真撮ろうよ、などとはしゃいでいた。そう、今では駄目なのだ。もう少しあとでないと。
公民館内に人が入り出した頃、少し遅れてスーツ姿の黒哉がやってきた。淡い青色と白のグラデーションの振袖を着た、雪と一緒に。
「なんとか間に合ったな」
「いや、遅いぞ黒哉。なんでスーツなんだよ、袴で来いって」
「こっちは隣町から来てるんだぞ、無茶言うな……」
「わあ、雪ちゃんの振袖可愛いー!」
相変わらずの海と黒哉の軽口は、突然の莉那の声で遮られた。
「ありがと。莉那ちゃんもすごくよく似合ってて、綺麗だよ!」
雪も負けないくらいのはしゃぎようで、莉那を褒めまくる。互いにこの色がいいだとか、小物が、帯がと言い合っていてキリがなさそうだったので、サトがそこに割り込んだ。
「まあまあ、とりあえず中入ろうぜ。寒いと雪ちゃんの体にも良くないだろ」
「あ、そっか。ごめんね、雪ちゃん」
「ううん、今日は調子いいから平気! でも中には入ろっか。いい席取られちゃう」
女子を落ち着かせて、五人は一緒に公民館内に入っていった。

礼陣の成人式が終わった頃、連は御旗駅から列車に乗り込んでいた。
御旗の成人式は少々早めに終わり、あとは余興ばかりだった。連はそちらには出ず、式のあとすぐに駅に向かったのだった。
礼陣に行けば、みんなが待っている。最も楽しい時をともに過ごした仲間たちが。
一人だけ御旗に本籍を置く連は、彼らとともに成人式を迎えられないことを残念に思っていた。だが、海がメッセージを送ってくれたのだ。『御旗の式が終わったら、こっちに来ればいいじゃないですか』と。
列車は礼陣へ向かって進む。高校時代は、こうして列車で学校へ通ったものだった。そして帰りが遅くなれば、海や黒哉の家に泊まることもあった。なんだか懐かしい。
今では、そんな機会も少なくなった。みんながそれぞれの進路をいき、長期の休みでもないかぎりは会えなくなった。とくに連は、地元から遠く離れた北国の大学に進んだために、こちらに戻ってくることが難しくなっていた。
あの頃の仲間で、礼陣に残ったのは、結局莉那だけだった。地元の女子大に進んだ彼女以外は、みんな地方に行ってしまった。黒哉は隣町の教育大へ通うためにそちらへ引越し、海は県外の大学へ行き、サトも県外の学校で野球をしている。高校卒業後は、みんなバラバラになっていた。
それがこうして、成人の日という節目に会えるのは嬉しかった。早生まれの連はまだ十九歳だが、みんなと一緒にこの日を迎えることには変わりない。
列車が一駅過ぎた頃、携帯電話が震えた。あの頃はまだ折りたたみ式のものを使っていたが、現在はスマートフォンを使用している。確認してみると、LINEにメッセージが入っていた。莉那からだった。
『連さんが来たら、みんなで写真撮りますからね! デジカメ準備万端です!』
みんなが待っていてくれる。いまや故郷といってもいい、あの町で。
車内のアナウンスが、次の到着駅を告げた。
「次は礼陣。礼陣です。……」

連が合流してから、みんなで進道家の庭に並んで写真を撮った。デジタルカメラで撮影したそれを、莉那がすぐにプリントアウトしてきてくれた。すぐでなければならないのだ。またみんな、それぞれの生活に戻らなくてはならないから。
「よく撮れてるな」
写真を嬉しそうに眺めながら、連が言う。
「俺だけ袴って、浮いてません?」
「いいや、進道はそれでいいと思う。な、森谷君」
「ああ、海はこれでいい。浮いてない」
連が言うならこれでいいか、と海は思う。進道家代々の伝統を守れたんだ、誇らしく思おう。
「素敵な思い出ができたなあ。これ、アメリカの友達に自慢するね」
「それなら海が一人袴なのも役に立つな。向こうの人は大喜びするんじゃねーの?」
雪も写真を手にしてにこにこしている。黒哉は写真もそうだが、そんな雪を見るのも嬉しかった。いつもは海の向こうにいる彼女の笑顔を、すぐそばで見られることが幸せだ。
「莉那ちゃん、あとでデータもくれよ。スマホで撮ったやつはLINEでまわしてさ」
「うん、そのつもり。間に合わなかったらそうしようと思ってたもの。……でもやっぱり、こうして手元に、ものとして残った方がいいね」
莉那は写真をそっと撫でる。二年前、高校の卒業式の写真をそうしていたように。こうしてまたひとつ、形に残る思い出が増えた。
「また、こうやってみんなで写真撮れるといいね。今度は夏休みかな」
「じゃあ八月だな。半年以上先か」
「あっという間だろ。二十歳になるまでもこの時間の短さだぞ」
この先もたくさんの思い出を作れたらいい。大人になった自分たちには、できることが増えた。ならば、もっと彩りに溢れた思い出ができるはずだ。
どこかに旅行に行くのもいい。居酒屋で酒を飲みながら、他愛もない話を延々とするのもいい。その一つ一つを、心に刻んでおきたい。
「さあ、みんな。ご飯にしませんか? 少しですが、お酒も用意してますよ」
海の父はじめが呼んだ。名カメラマンを務めた彼は、台所に立てば名シェフになる。一同は歓声をあげながら、居間に集まった。
「あ、でも連さんはまだ飲めませんよね」
「どっちにしろ弱いから飲まない」
「父さん、ジュースかお茶も出しましょう」
楽しい宴会の始まりだ。

賑やかで明るい場所から、海は一度だけ抜け出した。廊下をわたり、向かった先は、かつて自分を生んだ人が使っていた部屋。
戸は開けない。ここにはまだ、呪い鬼が封じられたままだ。彼女の呪いを祓えずに、とうとうこの日を迎えてしまった。
「おい。俺は成人したぞ」
戸の向こうに呼びかけるように、しかし小さな声で言う。
「あんたの血だろうな。礼陣に帰ってくれば、今でも鬼が見えるよ。みんな歓迎してくれた。今日のことを祝ってくれた」
返事はない。なくていい。
「この先、いつまで鬼が見えるかはわからない。愛さんみたいにずっとかもしれないし、他の鬼の子のように見えなくなっていくかもしれない。でも、どうなったって、あんたの呪いを消す方法を考え続ける。それが俺の目的だから」
この宣言を、彼女は、葵鬼は聴いているだろうか。聴いたのなら、どう思っているだろうか。
彼女と話したいと思えるようになったのは、大人になれたからだろうか。
『海』
足元に、おかっぱ頭の子鬼がやってくる。海はその頭を撫で、笑った。
「大丈夫、すぐみんなのところに戻るから」
『……あのな、海』
子鬼は顔を上げ、海を見た。
『海は今日まで、幸せだったか? 鬼の子として生きて、良かったと思うか?』
赤い瞳が、不安げに揺れていた。海はそれを見つめ返し、微笑んだまま言った。
「俺は、幸せだよ。鬼の子だとか、そんなんじゃなく。進道海として生まれて良かった」
その答えに子鬼は笑顔で頷いた。それからふっと姿を消し、声だけを残していった。
『成人おめでとう、海。引き続き宴を、人生を、楽しむがいい』
海は「もちろん」と呟いて、賑やかな居間へ戻っていった。みんなが待っている、明るい場所へ。