「何歳までサンタクロースを信じてた?」

いつもながら唐突な莉那の問いに、男子三人はそちらを振り向いて、目を丸くした。

ちょうど終業式が終わり、さあこれから部活動だ、アルバイトだ、などと考えていたときのことだった。今日がクリスマスイブだったなんて、頭からすっかり抜けていた。

それでも莉那の相手をしないわけにはいかないので、三人ともちょっとだけ考えた後、答えを返した。

「俺は小学校に上がる前まででしたね」

「オレもそのくらいだな」

海と黒哉が口々に言う。真似するなよ、真似したわけじゃねーよ、といういつもの応酬が始まる前に、莉那が首を傾げながら言った。

「二人とも、サンタ卒業が早いのね。何かあったの?」

どうやら莉那からすれば、小学生の時分はまだサンタクロースが家にやってくるということを信じているものらしい。その前にさっさと「それは夢物語だ」と結論付けてしまった、そのきっかけは何だったか。

「俺の場合は、サンタクロースよろしく枕元にプレゼントを置く父を見てしまったんです。目が合った瞬間の父の顔は、今もなんとなく憶えてますよ」

ばつが悪そうに、困ったような笑みを浮かべる海の父を想像するのは、莉那たちにも容易だった。

けれども同時に、だから何だというんだ、という冷静な反応をする海の姿も思い浮かべることができた。

「もともと、サンタクロースが家に入ってくるのは不法侵入にあたるんじゃないかって心配してたような幼稚園児でしたから」

「うわ、お前可愛くねーな……」

「うるさい、そういう黒哉は?」

じとりと睨み合いながら、海と黒哉はやりとりを続けた。莉那のお題はいつも突然だが、ちょっとした時間つぶしにはちょうどいいのだった。

「オレはサンタは家に来るものだって思ってなかったからな。母親がクリスマスイブになると、今日はサンタさんに会ってくるからね、って言って仕事に行くんだ。それで帰りに荷物を持ってきて、サンタさんから貰ってきたって言いながら渡してくれてた。……クリスマス前から、店の知り合いに預かってもらってたんだってことを、そのうち知ったよ」

黒哉の母親は朝から夜中までさまざまな職場で働いていたが、その分知り合いも多かった。息子を喜ばせるための細工も、きっとたくさんの人の協力を得て仕掛けていたのだろう。

それがばれてしまったときには、いったいどんな気持ちだったのか。今はもう、想像することしかできない。

「連さんは?」

「……恥ずかしながら、小学校高学年まで信じていた。両親がプレゼントの相談をしているのを偶然聞いてしまって、初めてサンタクロースが親だったことを知ったんだ。あのときはショックを受けたな」

「連さん、素直な子供だったんですね」

今も十分そうなのだが、連は真面目で、親から「サンタクロースが来てくれる」と言われればそのまま信じていたのだろう。ショックだったのはサンタクロースの存在の是非ではなく、親に嘘をつかれていたと思ったことだった。

しかしそれも、連に夢を持ってほしいからこその嘘。連は当時すでに、それが理解できないほどの子供ではなかった。

「それも今となっては、懐かしい思い出だな。今では逆に、こちらから親へプレゼントを贈っている」

「へえ、連さん偉いですね」

立場が逆転して、わかったこともある。両親がどんなに悩んで、わが子への贈り物を決めたのか。あの手この手で欲しいものを探り、それを入手するため奔走する。クリスマスの朝に、子供の喜ぶ顔を見るために。

毎年両親へ送る何かを考えている連は、その難しさを実感していた。

「さて、最後は莉那さんですけど」

「言い出したのはお前なんだから、真っ先に言えよな」

男子たちが語った後は、お題提供者である莉那の番。

彼女はクスリと笑って、こう答えた。

「私はね、今も信じてるの」

莉那には二人の妹がいる。末の子はまだ小学生で、夢を見ていてもいい歳だ。だからそんなことをいうのかと、男子たちは思った。

けれども、違った。莉那はこう続けたのだ。

「サンタクロースは絶対にいるわ。世界中にたくさんのサンタクロースがいて、クリスマスイブになると一斉に、そりに乗って空を飛ぶの。そうして世界中の人々にプレゼントを配るのよ。絶対にそう」

「……そんな、まさか」

「だからそんなの、迷信だって」

「莉那がそれほど夢見がちだとは思わなかった」

苦笑いする男子三人組に、莉那は胸を張って言い返した。

「いるわよ! ここは礼陣、鬼の町。鬼がいるんだったら、サンタクロースだっていてもおかしくないじゃないの」

う、と海と黒哉が言葉を詰まらせる。そして連は「そういえばそうか」と頷いた。

海と黒哉には、この町に住む鬼たちが見えるのだ。人間とは異なる姿をし、不思議な力を操る、鬼たちが。だから超常的な現象も、お伽噺じみた話も、本来なら否定できる立場ではないのだ。

鬼が存在していて、サンタクロースがいない。そんな証明は、できない。

「……というわけで、サンタクロースはいます!」

えへん、と莉那が得意そうに腰に手を当てた。

けれどもそう結論付けるなら、どうして「何歳までサンタクロースを信じてた?」なんて質問をしたのだろうか。

「莉那、真意を教えてくれ。どうしてその問いを?」

連が尋ねると、莉那はふふっと笑って言った。

「みんなが子供のころのエピソードを聞きたかったの。ただそれだけのこと」

「……それならそうと、最初から言えばいいのに」

「普通に聞いても面白くないでしょう?」

学校中から人気を得られるほどの眩しい笑顔。それなのに、口から出るのは悪戯っ子のような言葉。

「莉那、お前……在から悪影響を受けてないか?」

他にこんな回りくどい真似をする人間は、黒哉が思い当たる中では、彼しかいない。最近になって莉那と付き合い始めたという、自分の兄。

だが、海は首を横に振った。

「その前からだよ。莉那さんにこんな質問の仕方を教えたのは、たぶん、流さんと和人さんだ……」

それ以外なら、莉那とは小学校からの付き合いだったという先輩たち。彼らが仕込んだ可能性も、十分にあった。

「誰でもいいじゃない。楽しくお話できたし、ちょうどいい時間になりそうよ」

「そうだな。俺も変わった話ができて、楽しかった」

時計を指さす莉那に、同意する連。呆れて同時に溜息を吐いた海と黒哉は、「真似するな」の応酬をやはり一通り行う。

いつもと変わらない時間が過ぎていく、クリスマスイブ。世間ではちょっと特別な日なのかもしれないが、彼らにとっては日常のほんの一瞬。町がどんなに賑やかになっても、することは同じだった。

 

* * *

 

商店街はクリスマス商戦に賑わっている。どの店も特別な何かをして客を呼び込もうと、工夫を凝らしていた。

加藤パン店は、ケーキの販売をしている。洋菓子店やケーキの専門店には及ばないが、多少の予約は入っている。それをさばき、かついつものようにパンを販売しなければならないため、この時期はとても忙しい。

そこで、加藤家の子供である詩絵と成彦は、店の手伝いをしながら家事もするという荒業をやってのける。毎年のことなので、もう慣れっこだ。

それに店のほうには、詩絵がアルバイトを頼んだ助っ人たちがいて、よく働いてくれているのだった。

「はい、ケーキのお受取りですね! 志野原さんのお願いしまーす!」

予約票の控えを受け取った春が、店の奥に声をかける。普段から陸上部ではきはきとした返事をしているので、よく響く。

「志野原君のおうち、ここで予約してたんだね」

ケーキの箱を丁寧に持ってきた千花が、今日は客であるクラスメイトに言う。

「そうなんだよ。加藤にうちの買えって脅迫されてさー」

「脅迫なんかしてないでしょうよ。はい、ありがとうございました。次のお客様がお待ちなので立ち話はご遠慮願います」

詩絵が「帰れ」を思い切り丁寧にして投げかけた。「はいはい」と返しながら、志野原はケーキの箱を抱えて店を出ていった。

それと入れ違いに、追加のバイト要員が店にやってくる。クリスマスには毎年店を手伝っている黒哉と、今年初めて手伝いをする新だ。新は部活が終わったら必ず行くと約束して、その通りにしてくれたのだった。

「新、黒哉先輩、お疲れ様! 黒哉先輩はレジ、新は奥で秋公と一緒に梱包ね」

「はいよ」

「人使い荒いな、詩絵……」

てきぱきと指示をする詩絵に従って、二人はそれぞれ位置につく。

黒哉はさっきまで別の店を手伝っていて、このあとも他のところから声がかかっていた。商店街の色々な店で手伝いをしている彼は、こういうときにはひっぱりだこになるのだった。

新はこれが初めてのアルバイトになる。先に作業をしている秋公のところに行くと、ケーキの入っている箱の蓋をひたすら閉めていた。

「新、やっと来たのか」

「これでも早めに部活終わったんだ。シノと一緒に来たんだけど、あいつ、ケーキ引き取ってさっさと帰った」

「飛鳥の妹、ここのパンとケーキが好きなんだってさ。早く持って帰ってやりたかったんだよ」

話しながらも作業を手際よく進めていく秋公を見ながら、新も自分の仕事を始めた。秋公が蓋を閉めた箱に、リボンの飾りをつけていくのだ。簡単な作業だが、シンプルな箱をきれいにする大切な工程だ。

誰がどの仕事をするか、決めたのは詩絵だという。手伝ってくれる友人たちに合った作業を割り当てているのだ。

「いらっしゃいませー!」

元気な声が商店街に響き渡る。

「ありがとうございましたー!」

明るい声を背に、ケーキを抱えた人々が家路につく。家族や友人が待っている、温かい家へ向かう。

「なんだかサンタクロースになった気分だね」

笑顔で帰っていく人々を見送りながら、春が呟く。

「いい仕事でしょ? 新とデートさせてあげられないのは申し訳ないけど」

それを詩絵がしっかり聞いていて、冗談を交えて、けれども心から自分の家の仕事を大切に思っているのがわかる言葉を返した。

少しだけ照れながら、春は詩絵に笑いかける。

「一緒にお仕事できてるもの。それでいいんだよ。それに、今日はまだクリスマスイブだよ」

「明日がある、か。じゃあ、今日は思いっきり働いてもらおうかな」

また客が店に入ってきた。大切そうにケーキの予約票を握りしめて、カウンターへやってくる。

それを笑顔で迎えて、ケーキの箱を用意し、そっと手渡す。そのときの客の幸せそうな顔を見るたびに、こちらも嬉しくなるのだった。

 

* * *

 

仕事終わりに、ケーキなど買ってきてしまった。

閉店間際のパン屋で、なぜかケーキが売っていたので、つい「これください」と言ってしまったのだ。

おそらくは、クリスマスケーキのキャンセル分だった。この時間まで残っているのだから、そういうことなのだろう。

「買っても仕方ないんだけどな。こんなに大きくて甘そうなものを、一人で食べきる自信ないし……」

今日もクレーム処理ばかりで疲れていたのだ。「疲れているときには甘いもの」という言葉がふと頭に浮かんで、ふらりとパン屋に入ってしまった。そうしてケーキを見つけて、勢いで持ち帰ってきた。疲れとは恐ろしいものだ。

「秋華さんがいた頃なら、一緒に食べたんだろうなあ……」

今はいない、隣人だった彼女の名前を呟いてみる。たしか、甘いものも好きだったと思う。一度コンビニでデザートを買って訪ねたら、大喜びしていたことがあった。

「……あ、そうだ」

隣人なら、今はもう一方にいる。それなりに挨拶を交わし、ときどきは立ち話をする人が。彼女は、甘いものを好きだろうか。

ケーキの箱をそのまま抱えて、再び部屋を出る。そして、201号室の呼び鈴を鳴らした。

「はあーい……どなたあー……」

どこかぼんやりした声がして、ドアが開く。ふらふらと出てきた彼女は、俺を見てはっとした顔をした。

「ね、根谷さんっ!? どうしたんですか、こんな時間に?」

たぶん、徹夜で仕事をしていたんだろう。毎日忙しそうで、でも楽しそうな彼女のことだ。夢中になって、取り組んでいたに違いない。

でも、たまにはちゃんと休んでほしい。倒れたら、大好きな仕事もできなくなるから。

「これ、商店街のパン屋で買ってきたんです。俺、甘いものこんなに食べられないので、もし良かったら河野さんが食べてください」

俺がケーキの箱を差し出すと、河野さんは目を丸くして、それから明かりが点いたみたいにぱっと笑顔になった。

「いいんですか?! うわあ、甘いものって大好きなんですよ! ありがとうございます、根谷さん!」

どうやら俺は、彼女のサンタクロースになれたらしい。彼女のために、ちゃんと何かができたようだ。

河野さんの笑顔が、秋華さんの笑顔と重なって見えた。なんだか、救われた気がした。