雪がうっすらと積もり、いよいよ冬がやってきたなと感じさせる。
人間たちの足跡をなぞるようにして、鬼たちが白い道を歩く。しかしどれほどの数が通っても、そこには何の痕跡も残らない。彼らはそういう存在なので、仕方がないことではあるのだが、やはり少しだけ寂しいなと思う。
一年の、最後の月がやってきた。師走というが、忙しいのは坊主だけではない。誰も彼も、今年の締めくくりに向けて奔走する。
それは鬼たちも例外ではない。何がそんなに大変なのかというと、次の年初めに、人間たちが神社を詣でるので、そのための準備をしなければならないのだ。
できるだけたくさんの願いや思いを聞き届けられるように、叶えるための手伝いができるように、力を今から蓄えておくのだ。
そのために町中を駆け回っては神社に戻り、鎮守の森で体を休めるということを繰り返している。今のうちから人間たちの様子を見て回り、予想できる願いや祈りを確かめ、彼らのためにできることを考える。それが礼陣の鬼たちの、年の瀬の仕事になっている。
忙しい一方で、これはある種の楽しみにもなっている。何しろ、一年で最も人間たちの願いを知ることができる時期なのだから。鬼たちにとって、人間たちの願いは、とても興味深いものなのだ。
「その願いが、良くないものでも? 例えば、誰かを傷つけたいとか」
鬼たちの動向を見ていた少女が、ふと浮かんだ疑問を口にする。彼女は人間だが、鬼を見、触れ合うことのできる、「鬼の子」と呼ばれる存在だ。鬼と接することができるようになって、初めての年の瀬を迎えようとしていた。
その彼女と仲が良い子鬼が、少し考えてから答えた。
『残念ながら、そういうことを考えてしまう者もいるな。負の願いに対しては、私たちは何もできないし、してはいけない。それをしてしまうと、呪い鬼になってしまうからな。ただ、どうしたらそういった悲しい思いを除いてやれるか、そのことは考えるさ』
「そうなんだ……鬼って、優しいんだね」
少女は膝を抱えて、神社の石段に座り、街を眺めた。人間が通り過ぎ、すれ違っていく。その中に鬼が混じって、人間たちを振り返りながら歩いている。少女にはそんな光景が、はっきりと見えていた。
「優しい人たちが、この街にはたくさんいるんだね。願いを叶えたり、心を癒したり、いつも誰かを想ってくれている」
流れていく人波が、彼女の目にはとても穏やかに映っている。今、やっと、そう思えるようになってきた。
鬼の子になってから――少女が両親を亡くしてからの目まぐるしい日々が、過ぎていく。衝撃と悲しみと、いくらかの重圧で塗られた一年は、あとひと月も残っていない。
『愛、お前のことだって、鬼のみんなやたくさんの人間たちが想ってくれている。そしてお前も、鬼や人間を想ってくれているからこそ、鬼追いができているんだぞ。それを忘れるな』
子鬼がにかっと笑って言った。愛と呼ばれた少女は、「ありがとう」と応えて、立ち上がった。
「さあ、私たちも行こうか。今年の痛みは今年のうちに、祓ってしまいましょう。師走は鬼追いも駆け回る、ってね!」
『……それで愛の痛みが少しでも癒えるなら、私はいくらでも一緒に駆け回ろう。社務所に引きこもっている神主も、連れ出してしまおうか』
「そうだね。神主さんもちょっとは外に出てくれないと」
祈りを、願いを。あるいは痛みを、悲しみを。受け止めるために鬼は、そして鬼追いの少女は、師走の街を駆けていく。
近くやってくる新しい年を迎えるために、自らの傷も少しずつ塞ぐために。