19997の月、恐怖の大王がやってくる」
オカルト雑誌を飛び越えて、世間一般がその噂に着目しだした頃、彼女もまたそれを話題にした。
「進道君は、人類が滅んでしまうと思う?」
いつもと変わらない穏やかな笑顔で、そう尋ねたのだった。
はじめは、というよりも礼陣の人々は、あまりオカルトに傾倒しない傾向がある。それはこの町では当たり前とされる「鬼」の存在が、よそから見れば十分に不思議で、説明のつけ難いことであるからだろう。たとえば、テレビ番組などで心霊特集などを放送しても、「うちでは鬼があれくらいできるからねえ」なんてコメントが飛び出すほどだ。
それでも彼女は、幽霊や予言といった、真相のわからないものを楽しんでいた。ファンタジーを含む物語をこよなく愛する彼女なら、当然といえば当然のことだったかもしれない。
「人類が滅ぶ、ですか……
はじめは彼女の言葉を復唱する。その噂を知らないわけではなかったが、とても信じられるものではなかった。かつて大昔にも、何度も流れては何事もなく終わった、そんな噂の一つだと思っていた。
1999
7月に、人類は滅亡する。なんらかの天変地異があるとか。人工衛星が墜落して大爆発が起こるだの、小惑星が衝突するだの、コンピュータの暴走に、宇宙人の襲来、世界戦争勃発……と、その原因と考えられるものについては枚挙にいとまがない。
専門家と名乗る人々が信憑性を語っているのを見る度に、はじめは苦笑したものだった。
「三橋さんは、人類が滅ぶかもしれないって信じてるんですか?」
まさか、と思いながら訊いてみる。すると彼女は、この問いにはあまり似合わないような、ふんわりとした笑みを浮かべて言う。
「信じてるわけじゃないけど、面白い説だと思うわ」
人類が滅ぶということよりも、たった一つの詩の言葉で、そんな解釈が出来るということに、彼女は興味を持っているという。本好きで空想好きな彼女らしい。
それから彼女は、はじめに問いかけた。面白い説が本当になってしまうとしたら、という内容だ。もちろん、本気にしていないからこそ言えることだけれど。
「もし人類が滅ぶとしたら、進道君なら、最後の日はどう過ごす?」
はじめは少しだけ考えて、自分の性格をかえりみた。なんだか情けない結論が導き出されて恥ずかしかったけれど、正直に答えることにした。
「僕はきっとうろたえて、何もせずに終わってしまうかも。ただ、智貴や、神崎さん、それから三橋さんにも会いたいと思うでしょうね」
友人の名前を並べ、想い人の名をさり気なく混ぜる。
彼女はそれを聞くと、嬉しそうに笑って、「私も」と言ってくれた。
「最後だろうと、そうでなかろうと。みんなで一緒に過ごせるならいいわね。いつか全てが一斉に滅びてしまうなら、そのときは大好きな人たちと同じ場所にいたいわ」
同じことを考えてくれた、その言葉が、はじめにとっては何よりも嬉しかった。そして、こんなに素敵な人が滅びの中に含まれてしまうのはやはりもったいなくて、予言なんか当たらなければいいのにと願った。

それから時が経って、結局、19997月は何事もなく過ぎた。
ただ、あの頃の願いは、儚く散った。
その前の年に、友人である智貴ら二人は、不幸にも飛行機事故で命を落としたのだった。みんなと一緒にいるという未来は、迎えられなかった。
「世界は滅びなかったけれど」
全て過去になった夏の日、はじめは彼女に、呟くように告げた。
「会いたいという思いだけは、変わりません」
彼女は切なげに、けれども微笑みを絶やすことなく、「そうね」と言った。