クラスで一番可愛いといわれていた女の子、えりこちゃんが失恋した。
どうしてオレがこんなことを知っているのかというと、女子が大声で騒いでいたからだ。放課後、もう男子は帰ったかグラウンドで遊んでいるかしていると思ったのだろう。教室内で「誰にも言わないでよ」と言いながら、別の教室にいても聞こえるような音量で話していた。
オレはただ、友達に貸した本を回収するためにいただけだ。他クラスに所属しているそいつが「机に入れておくから持っていってくれ」と言ったので、そのとおりにしていたのだ。
だから、これを知ってしまったのはフカコーリョクとかいうやつだ。言葉の意味はよくわからないけれど、父さんが母さんに何か言い訳をしているときに使っていた。
とにかく、オレは女子の話の一部始終を聞いてしまったのだった。人にばらす気は全くないが、聞いたことを彼女らに知られたら、とんでもないことになる。気が強い連中なんかは「盗み聞きしたの? サイテー!」なんて言ってくるに違いない。
女子に見つからないよう、オレはそっと家に帰ったのだった。

だが、聞いてしまったものが気になるのは仕方のないことだと思う。クラスメイトについての話を簡単に忘れることはできないし、何よりその内容は意外だった。
あの可愛いえりこちゃんが、ということもあったが、それよりも彼女の告白を断ったやつに驚いた。
それはオレの後ろの席にいる、進道海。五年生になってから初めて同じクラスになったが、この町ではそこそこの有名人だ。こいつは剣道場の息子で、爽やかで、年齢の割にしっかりしていて、頼れる人物だと評判なのだった。
もちろん彼は男女分け隔てなく、誰にでも優しく接していた。ように、オレには見えた。えりこちゃんにだって、話しかけられれば笑顔で応じていたし、彼女の手作りだというお菓子も受け取っていた。
でも、えりこちゃんはふられたのだ。しかも、彼女曰く「冷たく」。聞いた話では、こう言ったそうだ。
「もう話しかけないでくれるかな。お菓子も押し付けないでほしい」
これが本当なら、えりこちゃんは相当ショックを受けたことだろう。ゴシュウショウサマ。
しかしそんなことを言うようには見えないんだけどな、進道君。今だって、女子に話しかけられて、爽やかに応えている。
……
おっと、えりこちゃんが近づいてきた。両脇を気の強い女子たちがかためている。
一瞬、オレが話を聞いてしまったことがばれたのかと思った。けれども違った。えりこちゃんたちは進道君に用があったらしい。
「ねえ、海君。えりこちゃんに話しかけるなって言ったの、ホント?」
用事はびっくりするほど直球だった。オレはあやうく「ひえぇ」と悲鳴をあげてしまうところだった。おいおい、昨日「誰にも言わないでよ」って言ってたじゃないか。
ところが当の進道君は、にこやかに言った。
「何のこと?」
どこからどう見ても非の打ち所のない、完璧な笑顔だった。
「き、昨日、そう言ったじゃない。あたしが告白したとき……
おそるおそるといった様子で、えりこちゃんが口を開いた。けれども進道君はきょとんとして返した。
「告白? 何を?」
「とぼけないでよ! あたし、好きですって言ったじゃない!」
とたんにクラス中がざわめいた。えりこちゃんは、自分で自分の気持ちをクラス全員にばらしてしまったのだ。彼女の真っ赤な顔に集まる視線には、いったいどんな気持ちがこめられているのだろう。
「ええと、ごめん。……ちょっとよくわからないな。思い出すよう頑張ってみるから、」
進道君は申し訳なさそうに言う。
「それまで話しかけないでくれるかな」
申し訳なさそうに聞こえるよう、声を作った。
オレには、そこにぞっとするような厳しさがあるのがわかってしまったけれども。

「里君、ずっとこっち窺ってたよね。俺に何か用だった?」
周囲から人が捌けた頃、進道君はオレに話しかけてきた。彼の隣はちょうど学校を休んでいて、誰もいない。その声は、オレにだけ聞こえるくらいの小さなものだった。
「いや、ちょっと……思ってただけ」
だからオレも、できるかぎりの小声で返す。
「何を?」
「進道君、えりこちゃんのこと嫌なのかなって。なんかそんな口調だったような気がして……
気のせいであれば、それでいい。彼はオレの中でも、「爽やかで優しい進道君」のままでいるだけだ。
でも、その淡い期待はあっさりと砕かれた。
「よくわかったね。あの子だけじゃなく、女子は基本的に苦手」
その表情はいつもどおりの笑顔に見えたけれど、どこか暗いものを含んでいるようで。
まさかこれからオレたちがもっと仲良くなって、長い付き合いになるだなんて、このときは思えなかった。