新にとって連は憧れの先輩である。弓の腕前も、真面目な人間性も、尊敬に値する。多少背が低いことは気にしない。彼は新の目標だ。
共に部活道に励み、隣に並んで射てみたいという夢を叶えるべく、新は連のいる礼陣高校に入った。そしてそれは今、実現している。
「森谷先輩、今のどうでした? おかしいところはありませんでしたか?」
新はこまめに、連に意見を求める。技術を教わりたいのと、単純に話をしたいのと、半々だ。それを知ってか知らずか、連は嫌な顔一つせずに応じてくれる。
「良かったと思う。入江は上手いよ」
そう言われる度に、新は嬉しくてたまらない。ますますやる気が出る。そうしてまた一段と、自分の技術を磨こうと、そのために連に教えを請いたいと思うのだった。
「新、本当に森谷先輩好きだよな。俺もだけどさ」
そんな新の姿を見て、弓道部の同級生である志野原が言う。
志野原とは新が高校生になってからの付き合いだが、クラスでも部活でも顔を合わせているので、自然と親しくなった。男子では特に仲の良い一人だ。もちろん新が連を慕っていることも把握している。
「森谷先輩のこと、新は中学の時から知ってたんだろ?」
「ああ、雑誌に載ってたから。ずっと知ってたし憧れてた」
「俺みたいに先輩のこと知らなくても、あの部活紹介の実演見たら、弓道やりたいって思うよな。いつか先輩みたいに綺麗に射ってみたいよなあ」
志野原が連に目をやるのにつられ、新もそちらを見た。
連は相変わらず真面目に、美しい姿勢で弓を構えていた。身長の低さをも感じさせない迫力がある。
正直なところ、新や志野原は弓道部に入ってから、まず連の体格に驚いた。しかしそんなものは実力と関係がないのだと、思い知らされた。それほどまでに、連は素晴らしい人物だった。
「新もあんなふうになって、来年は後輩たちから慕われるんだろうな」
てっきり連に見とれていると思っていたのに、志野原はそんなことを言い出した。
新は「は?」と思わず声に出し、彼に言い返した。
「オレが森谷先輩みたいに? 無理だって、レベルが違いすぎる!」
技術においても、人間的にも、自分は連に程遠い。新はそう思っていたが、志野原は「いやいや」と笑った。「俺たちの中では新が一番上手いしさ。うちの妹も言ってたぞ、入江先輩かっこいいって」
「そう言ってもらえるのはありがたいけど……」
新は苦笑するが、それ以上のことは言えなかった。すぐに集合がかかり、話を打ち切らざるをえなかったのだ。
けれども、これだけは言っておかなければと思って、後で再び志野原に声をかけた。
「シノ、さっきの続きだけど」
「続き?」
首をかしげる彼の目を真っ直ぐに見る。
連ももちろん憧れで目標だが、なにも彼しか眼中にないというわけではない。新にとっては、毎日一生懸命でムードメーカーでもある志野原も、十分尊敬に値する人物だ。
「オレは、シノこそ後輩に憧れられると思う。来年にはそうなっているように、お互い頑張ろうな」
志野原は目を丸くして、しかしすぐに笑顔を見せた。新に拳を突き出し、「そうだな」と応えた。その手に自分の拳をぶつけて、新も笑った。
その光景を連が微笑ましく思いながら見ていたことは、彼らは知らない。