向かいの家に、彼らが引っ越してきた。
「私どもは仕事で家を空けることが多いのですが……
背の高い父親と、どことなく凛々しい母親。
「どうぞ宜しくお願いします」
優しげだけれどしっかりした長男。
「わあ、可愛い。ときどきは一緒に遊ぼうね」
可愛らしく笑う長女。
それから、
「ほら、大助もご挨拶して」
亜子と同い年の次男の、五人家族。
「こんにちは!」
屈託なく笑って、こちらへ手を伸ばす男の子に、
……こんにちは」
きっとそのときから、惹かれていた。

両親がよく海外へ仕事に行くのだというその一家は、亜子たち家族と親しくしてくれた。
家族ぐるみの付き合いの中で、ときにはホームパーティを開いて楽しむこともあった。
賢い長男は亜子にたくさんの話を聞かせてくれたし、明るい長女はきれいな服を亜子に譲ってくれた。
そして次男、大助は、いつも亜子のそばにいてくれた。
亜子は保育園でよくからかいの対象になっていた。外国の出身である母譲りの顔立ちや、色素の薄い髪と瞳は、幼い子どもたちにとって珍しいものだったのだ。
「ガイジン、ガイジン」と、周りの子供たちが囃し立てる。その度に亜子は涙をぐっと我慢して、「違うもん」と言い返した。
けれどもどんなに抗ったところで、「何が違うんだよ」「亜子の母ちゃんはガイジンだろ」という言葉には勝てなかった。それの何がいけないのかと、ただ悔しいのを堪えていた。
それを打ち破ったのが大助だった。
「亜子は何も悪いことなんかない。髪も目も、きらきらしてきれいだ」
彼は堂々とそう言ってくれた。その後に続いた「大助は亜子のこと好きなんだろー」という言葉にも、胸を張って答えた。
「好きだぞ。それが何だってんだよ」
それは年の離れた兄や姉がそう教えたことを、そのまま言っただけかもしれない。彼の家庭環境が、そういう意識を持たせたからかもしれない。
それでもいい。そう言って、守ってくれることが、亜子には何より嬉しかった。
身体的特徴を揶揄せず、一緒に遊んでくれる大助が、心から好きだった。

その彼が、あの夏の日に初めて泣いた。
外国からこちらへやってくる飛行機が墜落した。その飛行機には、仕事を終えてこの国に帰ってくるはずだった、大助たちの両親が乗っていた。
もとより両親は仕事が忙しく、末っ子の大助と過ごした時間は少なかった。それでも、できる限りの愛情が彼に注がれていた。
「父さんと母さん、死んじゃったって。兄ちゃんが言ってた」
どこか他人事のように言う大助を、亜子は隣に座って見ていた。
「死んじゃったら、帰ってこないんだって。おみやげ持って帰ってくるって、約束したのに」
めったに会わない両親の死を実感することは、大助には難しかった。
ただ、あの優しい兄が泣いていた。あの明るい姉が笑わなくなった。そのことが何よりも、彼の胸を痛めていた。
「兄ちゃんも姉ちゃんも、ぼーっとしてる。叔父さんが来て何か話してたけど、おれにはわかんなかった」
亜子にだって、人の死がどういうことなのかはわからない。ただ、ときどき帰ってきては亜子のことも可愛がってくれた人たちは、二度と戻ってこないらしい。
……う。ひっく、……
「どうして亜子が泣くんだよ」
「だって、ひぐ、大助が、……
そのせいで、大助はとてもとても辛そうな顔をしている。
それだけは、ここにあるはっきりとした事実だった。
「大助が、泣きそうなのに泣かないから……っ」
「ばか。男は泣かないもんだって、……兄ちゃんが、言ってたのに、……泣いてて……
亜子につられるように、大助の言葉も途切れがちになる。それからはもう、二人でわんわん泣いた。何が悲しいのか自分では理解できないまま、とにかくからからに渇いて干からびてしまうのではないかというくらい涙を流した。
亜子が大助の泣き顔を見たのは、それっきりだ。けれどもそのたった一度のできごとで誓った。
自分たちはずっと一緒にいよう。嬉しいときも悲しいときも、そばにいよう。彼が素直に笑って泣けるように。

向かいの家に、三人兄弟が住んでいる。
責任を持って妹と弟を守っていこうとしている長男。
兄を助け弟を支え、誰にも優しくあろうとしている長女。
そして兄と姉を想い、立派に成長した次男。
亜子は彼らをそばで見てきた。辛いときも、楽しいときも、一緒にいた。本当の家族のように思いながら。
そして今も、同い年の彼に惹かれている。
彼が、彼らのことが、大好きだ。