テーブルに積まれたDVDが全てホラーもののタイトルだったので、連はこの場から逃げようと思った。
「連さん、おやつは水まんじゅうにしましょう! ちょうど貰い物が冷蔵庫にあったんです」
しかし和菓子の誘惑に勝てず、逃げられなかった。
森谷連は、ホラーが苦手である。
夏になるとテレビの特番が「恐怖映像」やら「心霊写真」やら「恐怖体験再現ドラマ」やらになることは、彼にとって由々しき事態だった。
それを知っていてなお、友人である進道海はホラー映画鑑賞をしようと誘ってくる。泊まりに行く度にDVDを再生する。かといって彼が特別ホラーが好きなのかといえばそうではない。
海は連の反応を楽しんでいるのである。
「最初は何にします? このドキュメンタリー風のとか、考察要素あって面白いらしいですよ」
「それ、CMで客が絶叫してたやつだろう。いやだ」
「じゃあこれにしましょうか! はい、再生ー」
「やめろ」
連をからかう時の海は実に楽しそうだ。普段は敬語で話しかけてきて、犬がしっぽを振るみたいに寄ってくるのに、家にいるとこの調子なのだ。
しかし、そんな彼を連は疎ましいとは思わない。高校生になるまで、こんなふうに親しんでくれる友人がいなかったので、この状況も悪くはないと思っている。
ホラーが苦手なことには変わりないのだけれど。
「あ、なんかいる」
「やめろ! せっかく見ないようにしてるのに!」
「あー、人の形してますよ。ほら連さんもよく見て」
「いやだって言ってるだろ!」
まだ外が十分明るい昼間でも、怖いものは怖い。これが夜中ならば、もっと怖い。
それを正直に訴えたのに、海は何度もホラー映画を再生する。しかも見せ場で爆笑する。連には理解できない。
「どうして今ので笑えるんだ……」
「え、だって面白いじゃないですか」
「どこが」
ひとしきり腹を抱えて笑った海と、膝を抱えて小さくなっている連。傍から見たら、どういうことかと思うだろう。
実際、縁側の方からそのままの台詞が聞こえた。
「おい、どういうことだよ」
バイト帰りに呼ばれた、同じく友人の日暮黒哉だった。
「あ、黒哉。遅かったな」
「黒哉、こいつがまた俺にホラー映画を見せてくるんだ」
状況を把握すると、黒哉は心底呆れたようにため息をついた。けれども、彼がこれを止めてくれるというわけではない。
寧ろ加速させる。
「それで? 連は何見て怖がってんの?」
「これ」
「ああ、それか。当然続編もあるんだろうな」
「あるよ。黒哉が来たら観ようと思ってた」
「まだあるのか……」
高校二年生になってから同じクラスになり、つるむようになった三人組。ときどき女子を一人加えて、四人組になる。けれどもどのパターンで集まっても、連だけがホラーを苦手とする。結果、連が遊ばれる。
頭を抱えながらも強く拒否できないのは、友人と集まるのが楽しいからだ。中学時代までできなかったことを、今、思いっきりやっているからだ。
中学時代の虐めのほうが、何倍も性質の悪い恐怖だった。それに比べたら、こんな画面の向こうの、つくりものの恐怖など。
「……いや、やっぱり怖い」
「連さん、顔上げないとお菓子食べられないですよ」
「あとDVD何あんの? これだけあれば今夜一晩は余裕だな」
「何が余裕なんだ、夜は観たくない」
これもある意味いじめではなかろうか。そう思うも、口にはしない連であった。