選考の際に何があったのかは知る由もないが、とにかく俺たちは同じゼミにかたまった。

卒業研究のテーマは自由に決めていいという、逆に言えば適切な手助けが得られるかどうかわからないようなところを、いつものメンバー全員が選んだわけだ。

変なの、と掲示を見た廿日が笑った。

そうね、と宮澤が半ば呆れて頷いた。

俺は彼女らのやりとりを、茶木と水無月とともに離れて見ていた。

 

所属ゼミが決定した後、早速集合がかかった。

教授の研究室は資料が溢れていて、並ぶ文献のタイトルは興味を引かれるものばかりだった。

「たけっち、目が輝いてる」

そう言ってにやにやする廿日を睨んでから、俺は水無月に話をふる。

「やりたいことはやれそうか?」

「うん……多分ね」

曖昧な返事を最後まで聞くか聞かないかといったところで、教授が女性を連れて戻ってきた。

若い女性だった。おそらく、俺たちと歳は離れていない。

「遅れてすみませんね。彼女は院生で、私の実質的な助手です」

ストレートの長い髪は、宮澤といい勝負だ。

彼女は丁寧に礼をし、名前を告げた。

「木原麻子です。死に関する民俗学研究を主にしています」

その笑みは、死という言葉とはかけ離れた、美しいものだった。

いや、最も死に近い笑みでもあったかもしれない。

 

「死の研究って、どんなことをしてるんですか?」

「死というものが人々にどのように扱われてきたのか、葬儀の仕方はどのように変わってきたのか……とか、そういったことを調べたりしているわ」

廿日は早速、木原さんと仲を深めているようだった。

あの人馴れの早さが、今は少し羨ましい。

「武池君、木原さんに興味あるんだ?」

水無月が俺の視線に気付いたらしい。素直に認めることにした。

「面白そうじゃないか? あの人の研究」

「学部修了のときの論文とか見せてもらったら良いんじゃない? …宮澤さんも」

突然宮澤へ話が飛ぶ。どうやら彼女も、木原さんと話をしたかったようだ。

「……そうね、そうするわ」

考えを見透かされたことに戸惑っているのか、宮澤は目を逸らしながら言った。

水無月といると、こういうことがあるから面白い。

「麻子さんって美人だからさ、色々噂があるんだよな」

俺たちが話しているところへ、茶木が割って入る。またうるさくなるんじゃないかと思ったが、木原さんに関する噂も気になったから黙っておいた。

「あの人、霊感あるって評判なんだ」

「霊感? 幽霊が見えるとか?」

「……下らない噂ね」

宮澤の言うとおり、噂そのものは下らなかった。

そんな噂を流すような奴らの心理は気になるが。

だが、そんな下らない噂を裏付けてしまうような出来事が、その場で起こった。

 

「何で知ってるんですか?」

 

廿日の声が震えていた。

振り向いた俺たちに、木原さんが哀を含んだ笑みを向ける。

「……用事があるから、失礼するわね。これからよろしく」

何事もなかったように、彼女だけが去っていく。

青い顔の廿日に、宮澤が声をかけた。

「どうしたの?」

「……あの人、今日初めて会ったのに……あたしのお姉ちゃんのこと知ってた」

廿日の姉は、確か精神を病んで家に引きこもっているはずだ。

尤も廿日はそれを俺たちに話したことを忘れている。

だから誰も、それをここで口にすることはできない。

木原さんが、廿日に姉がいることを知っていることすらおかしいのだ。

「知り合いだったんじゃないの?」

「ううん、麻子さんの出身地聞いたけど、そんなはずない。それに今のお姉ちゃんを誰も知ってるはずないの……」

木原さんは突然告げたのだという。

「お姉さん、お気の毒にね。良くなるといいわね」

そんな、一部しか知らない情報を明らかに含んだ言い方で。

 

 

他人の目には、私が壁に向かって一人で喋っているように見えるだろう。

けれども私には、そこに彼が存在しているのがわかる。

「あなたが追い込んだ同級生の妹……か。ここで出会うなんて思ってもいなかった」

苦笑する私に対して、彼は無表情だ。

まだ恨んでいるのだろうか、あの時――彼を愛する者から引き離したときのことを。

寂しいけれど、私は会話を切り上げた。