日付が変わったあたりから送られ始めたらしいメッセージは、遅い朝を迎える頃には全部読むのが大変なほどになっていた。こういうときに、自分は人に恵まれたなと思う。
スマートフォンを弄りながら階段を下りると、朝食の匂いがする。毎日起床時間に合わせて用意されている食事は、本当にありがたい。
幸せな朝で迎えるのは、新しい一年。
「亜子、おはよう」
「おはよう、大助。誕生日だね、おめでとう」
今日は大助の、二十三回目の誕生日。

五歳の誕生日からは、毎年亜子が隣にいた。写真にも一緒に写っているし、記憶をたどるとそこには必ず彼女がいる。
金髪の、人形みたいにきれいな女の子。賢くて、足が速くて、自慢の幼馴染だった。一緒にいることが当たり前になって、そこから一歩踏み出すことができずに、もどかしい思いをしたこともあった。
それが今や、同じ苗字を名乗ってくれている。日々を共に歩んでいる。結婚して半年が経とうとしているが、今でもふと、これは夢なのではないかと思うことがある。
そんなことを言ったら、亜子には絶対笑われるので、口にしないけれど。
「そういや、誕生日に礼陣にいるのって五年ぶりか?」
「だね。今まではわたしが門市に通ってたから、礼陣で過ごすのは久しぶりだね」
高校を卒業してから四年は、大助は門市に住み、門市で働いていた。現在、職場は変わっていないが、結婚を機に住居を礼陣に移している。暮らしていくには礼陣のほうが都合が良かった。
礼陣という土地では、子供を大切にする。子供を産み育てるための環境は、制度の面から見ても門市より整っている。支援があればおのずと子供は増えるもので、現在もこの町の出生率は高く、町には子供があふれている。
その子供は礼陣に留まることもあれば、一度はこの町を離れてまた戻ってくることもある。他の土地に根を下ろした者も、夏祭りには帰って来る。
この町を好きになってくれて、ここを住処に選んでくれる、よそからの移住者も多い。大助の義理の姉である頼子がそのパターンだ。
町の賑わいは、そうして長いこと保たれている。
「久しぶりの礼陣での誕生日だもの、鬼も祝ってくれてるんじゃないの」
「どうだろうな。もう見えねえから……
わからないな、と言おうとして、ふと大助は思いだした。八月に行なわれた夏祭りのときに、鬼の声を聞いたことを。
この町には鬼がいる。彼らは礼陣の守り神であり、見えない住人である。けれどもたしかにこの町に存在していて、実際に大助にはその姿が見えていた。もう、過去のことだが。それでも存在を感じることは、今でもできないわけではなかった。
「祝ってくれてるよ、きっと。わたしには見えたことないけど、大助は鬼たちに好かれてるから」
見えたことがないという亜子も、鬼からたいそう好かれているのだが。
礼陣の子供はみんな、鬼の子供でもある。

大量に届いた誕生日祝いのメッセージに返信していると、家事を一段落させた亜子がコーヒーとミルクティーを持ってきた。コーヒーは大助の前に置き、ミルクティーは自分で持ったままカップに口をつける。
「亜子、コーヒー飲まねえの?」
「カフェインは控えたほうがいいんだって。前によりちゃん先生が言ってた」
「? なんのことだ」
よりちゃん先生とは、義姉の頼子のことだ。そういえば、一時期コーヒーや紅茶を可能な限り控えていたような気がする。それは、何のためだったか。いつのことだったか。
……紅葉が生まれる前か」
あれは甥が生まれる前の、何か月かのあいだのこと。
頭の中に、夏祭りに聞いた鬼の声がよみがえった。
――
亜子から命のにおいがするよ。
ようやくあの言葉に、合点がいった。
「亜子、お前から言うか? それとも俺が当てた方がいいのか?」
尋ねると、亜子はその意味をすぐに理解したようで、少し考えてからにっこり笑った。
「覚悟はできてる?」
「そのために礼陣に住んでんだ」
「じゃあ、わたしから言わせて」
いつかこの日が来るからと、信じていたからこの地で暮らすことを選んだ。それを期待して、この家を用意した。
大助は早くに両親を喪ったが、兄と姉、叔父、町の人々や鬼たちに育てられた。今度は自分が、彼らになる番だ。
「本当は、少し前にわかってたんだけど。今日伝えたいなって思ったから、内緒にしてた」
「いや、そういう大事なことは早く伝えろよ」
「告白すら引っ張ったやつが何を言うのよ」
予定では、来年の春。それまで無事に育つように、あとで神社に改めてお参りに行くことにした。
大助と亜子の子供なのだから、この町の鬼たちもきっと守ってくれる。