三月の初め、天気は上々。この清々しい気分のまま、一日を終えたいものだ。
そんなことを考えながら、いつものとおりに「行ってきます」を言う。すると、いつもの応答のあとに「頑張ってきなさい」のおまけがあった。
普段とは違う、そして春から通いたいと望む道を歩きながら、父がくれた学業成就のお守りを握り締める。かなり余裕のある進路選択ではあったが、倍率の高いことにはかわらない志望校に向かって、彼はただひたすら足を動かした。

不意に振り返ると、見覚えのある姿があった。この町では有名な、剣道場の子だ。
彼もここなのねと心の中で呟いたところで、友人の声を捉えた。
「りなち、どうしたの? 早く教室行こう」
最後にもう一度ノートを見返したいのだという友人に頷いて、彼女は自分の舞台へ向かった。

引っ越し先がこの町で、ここが一番部活動の盛んな学校だから。そんな理由があって、彼は市外から受験しに来た。
自分の他にも学区外受験者はいるようで、同じ教室には周りと違う制服を着た人間がちらほらと見える。
前の席についていて、たった今消しゴムを落とした者もそうらしい。
転がってきた消しゴムを拾って渡してやると、相手は小さく頭を下げて再び前を向いた。
どこから来たんだろうなと考えながら、試験監督を待つ。やるだけのことはやってきたのだから、今はそうしていればいい。

消しゴムを落としてしまうほど、拾ってもらって礼も言えないほど、緊張していた。
偏差値を考えると、ほぼ確実に受かるはずだ。けれどももしも、何らかのトラブルがあって試験結果に影響が出たら。不合格となってしまったら。そのあとはまた、これまでと同じひどい目にあうだろう。
ここで失敗するわけには行かないのだ。あの執拗で陰湿な虐めから、逃れるためには。
彼はただ、退く為の戦いをする。

それぞれの思いが通じて、出会うのは、その一月後。
一人には希望が生まれ、一人には楽しみができ、一人には親友ができ、一人には絶望と新たな世界が同時にやってくる。