五月三日、大安。先月から礼陣中央地区の分譲地に住まいを構えている大助と亜子は、朝早くに家を出た。
遠川地区に住む大助の兄夫婦と姉から呼び出しがかかったのは、昨夜のことである。以前から「五月三日は空けておいてほしい」と話があり、何かあるのかとは思っていたが、とうとう昨日もその詳細を聞くことはできなかった。ただ「朝八時頃に実家に来るように」と言われただけだ。
「どこか行くのか? でもそれなら、兄ちゃんなら事前に話してくれるような気がするし……」
欠伸を噛み殺しながら、大助は腕組みをして疑問を口にする。早起きはもともと苦手だが、働くうちに慣れた。でもできれば、休みの日はゆっくり寝ていたい。
「しかも時間の指定が急だよね。いつもなら、結構前から予定とか全部組んで、教えてくれるのに」
亜子は朝は平気だが、それでも今回のような事態は初めてなので、首を傾げる。途中、近所の人が玄関先を掃除しているのに何度か出くわして、「おはようございまーす」と明るく挨拶をする。すると「今日はおでかけ?」なんて訊かれたりして、何と答えるのが正解なのかわからなくなる。歩いて帰れるような実家に行くのは、お出かけなのだろうか。
大助と亜子の実家は、お向かいさん同士である。大助が初めて礼陣に引っ越してきた五歳のとき(正確には五歳になる少し前だ)からそうなので、二人は幼馴染だ。幼馴染で、ずっと両想いで、今年の三月下旬に入籍した。一緒に暮らし始めたのは四月からだったが、それ以前から亜子が大助のいた寮に通い詰めていたので、共にする時間は少し長くなった程度だ。
生活は今のところ順調。大助の職場は隣町にあり、車で通っているが、それにも慣れた。毎朝亜子が朝食と弁当を用意し、見送りに出てくれるのは、なかなかいいものだと思っている。亜子も朝の少々慌ただしい時間と、そのあとの家事とちょっとした仕事――大学講師をしている父がときどき、翻訳の仕事を融通してくれるのだ――をこなす暮らしは気に入っている。たまに連絡をとる友人は「ルーチンワークになって飽きたりしないの?」などと言うが、たぶんそうなるとしてももう少し先のことだろう。
今はこの生活が、二人とも幸せだ。このまま幸福が永く続けばいい。それ以上のことは望まないし、きっと望めない。そう思っていた。
てくてくと歩いて、大通りから南側へ向かい、遠川地区に入る。遠川地区は日本家屋の並ぶ和通りとモダンな欧風住宅の並ぶ洋通りに分かれていて、大助と亜子は西側の洋通りへと足を向ける。ここまで来ると、昔からの顔見知りと会ったり、川の流れる音がかすかに聞こえてきたりと、慣れ親しんだ様子に気持ちがほっと温かくなる。
そうして庭に花の咲き乱れる、レースのカーテンも可愛らしいその家に辿り着いた。大助の実家、一力家である。現在は兄夫婦とその子供、そして姉が住んでいる。その向かいには同じく花に彩られた小さな家があり、そこが亜子の実家だ。
呼び出したのは一力家なので、二人はまずその呼び鈴を鳴らす。するとぱたぱたと足音が聞こえ、それから勢いよく扉が開いた。
「おかえり! さあ、早く入って。やらなきゃいけないことはたくさんあるんだから」
大助の姉の愛が、到着したばかりの二人を家に引っ張りこむ。やらなきゃいけないこととは何なのか、と問う間も与えず、リビングに連れてこられた。そこには兄の恵と、子供を抱いた兄嫁の頼子、そして亜子の両親が。どうしてみんな揃っているのか、わけがわからないまま大助と亜子は顔を見合わせた。
「兄ちゃん、これどういうことだよ? それに……」
リビングにはもう一人、この家には来たことのないはずの人物がいた。礼陣の駅裏商店街で美容室を営む、小泉ひろ子だ。傍らには大きな鞄がある。
「ひろ子さん、出張セットですか? そんなに改まって、どこか出かけるんですか?」
亜子が尋ねると、ひろ子はにんまりと笑って、愛と目で合図をすると、二人で亜子の両脇をかためた。
「亜子ちゃんは私の部屋ね。大助は自分の部屋に、お兄ちゃんと行って。さあ、始めるわよ!」
「え? 何、どういうこと?」
戸惑う亜子を、愛たちは二階へと連行していく。大助もわけがわからないまま兄に連れられて、同じく二階へ。まだ何の説明もないが、他のみんなは状況を理解しているようで、ただにこにこしている。これからいったい何をしようというのか――ひろ子がいるのだから、髪をセットされるのであろうことは確実なのだが。
愛の部屋にはすでにひろ子が作業をしやすいように準備が整えられていて、亜子は用意された椅子に座らされる。ひろ子は鼻歌を歌いながら道具を広げ、よし、と気合を入れた。
「この前とは違う感じにしてみましょう。亜子ちゃんの髪を切りすぎなくて良かったわ」
「え、この前って……」
亜子が思い出せる「この前」は、三月の終わりのことだ。結婚記念に、式を挙げない代わりに、写真だけは撮っておこうとしたのだった。ひろ子さんに髪をセットしてもらったのはその時だ。美容室こいずみで髪と化粧を整え、それから写真館で写真を撮ってもらうというのは、礼陣の人々に親しまれたパターンなのだ。
それはともかくとして。
「あの、愛さん、これはいったい……」
何度も尋ねて、けれどもまだ一度も答えてもらっていないこと。愛はにっこり笑って、今度こそ答えをくれた。
「亜子ちゃんと大助の、結婚披露宴をやろうと思って」
かつて自分の部屋だったその場所で、恵からそれを聞かされた大助は、口が開いたまま言葉が出なかった。そのあいだに兄は言葉を続ける。
「大助の会社の人とかも呼んだんだ。本人には内緒にしてくださいって言ってね。その様子だとばれずに当日までこられたようで良かったよ」
「いや、良くねえよ! 式挙げないって言ったじゃねえか!」
ここでようやくツッコミを入れることができた。大助と亜子が式を挙げないと決めたのは随分前のことで、それは家を買うためでもあり、今後の生活のためでもあり、自らは式を挙げなかった兄たちのためでもあった。恵と頼子が写真だけで済ませたのだから、大助と亜子がそこまでやるのはどうなのだろうと思ったのだ。けれどもなんだ、この状況は。しかも本人たちの知らないところで。
ところが恵は真剣な表情で、大助をまっすぐに見つめて言った。
「弟たちの晴れの舞台をちゃんと整えてやれなかったら、僕らはずっと後悔していたよ。父さんと母さんにもちゃんと報告できないと、ずっと君を見てきた兄として示しがつかない。だから君たちがやらないなら、僕らでやってしまおうって、ずっと準備してきたんだ」
どれくらい前から計画していたのだろう。たぶん、大助が恵たちに式は挙げないと報告した時から、考え、準備を進め、こうして大助の目の前に衣装を出せるようにしてきたのだ。
「それに亜子ちゃんだって、写真だけで終わらせちゃかわいそうだ。僕たちの計画、受け入れてくれるね?」
昔から、兄の笑顔には勝てない。それはときに大助をなだめすかすものであり、ときに威圧するものであった。恵は大助を叱るときですら、怒るよりも、笑みを浮かべていることのほうが多かった。
「……わかったよ。ここまできて断ったら、全部台無しになるし。ありがとな、兄ちゃん」
「うん、それでいい。さあ、きちんと身なりを整えて、亜子ちゃんを迎えに行こうか」
こうなったら、なるようになってしまえ。大助は頷いて、恵のするように任せることにした。
写真を撮るときもウェディングドレスは着たが、今日のはそれとも違う。合わせてもいないのに、それは亜子の体型にぴったりだった。上は細身で、スカート部分はふんわりと半球を作っている。大きなサテンのリボンが腰を飾っていて、実に可愛らしい。
ひろ子がセットしてくれた髪型も完璧だ。いつもストレートの髪は、アップにしてゆるりと巻かれている。化粧も華やかで、もしかしたら写真を撮ったときよりも気合が入っているんじゃないかと思ったほどだ。
「私の仕事はこれでおしまいね」
「ありがとう、ひろ子さん」
「本当にありがとうございました。急だったけど、やっぱり綺麗にしてもらうのって嬉しいなあ」
「うん、綺麗よ亜子ちゃん。またお店に来てね、待ってるわ」
愛に見送られて、ひろ子は店に帰っていった。そのあいだに亜子は、鏡で自分の姿を確認してみる。――悪くないどころか、すごくいい。さすがひろ子さん、と思ったが、このドレスはどうしたのだろうか。まさかこのために買ったのでは……愛ならそれくらいやってしまうかもしれない。
戻ってきた愛に尋ねてみると、優し気に目を細めて、教えてくれた。
「これはね、亜子ちゃんのお母さんが用意してくれたの。この計画を話してから、すぐに縫い始めてくれたのよ」
「お母さんが?」
たしかに亜子の母は針仕事が得意だ。でも、まさかこんなものまで作れるとは知らなかった。道理で亜子に合っているわけである。化粧をしたばかりだというのに、目頭がじわりと熱くなった。
「大助ももう終わった頃よね。呼んでこようか」
この格好を大助に見られるのか。それどころか、愛たちが呼んだというたくさんの人の目にさらされるのか。母の作ってくれたドレスは自慢できるし、ひろ子の整えてくれた髪型や化粧も素晴らしい出来だ。でも、やはり少し恥ずかしい。亜子は化粧のせいだけじゃなく頬を染めながら、大助が来るのを待った。
部屋は近いので、一分も待たなかった。ドアが開いたとき、亜子の心臓は大きく跳ねた。写真のときとは違う格好だが、きちんとした礼服姿の大助が、ドアノブに手をかけたままこちらを見ている。いや、硬直している。亜子のウェディングドレス姿なら、前にも見ているはずなのに。
「……恵さんがやってくれたの?」
ぎこちなく亜子が尋ねると、大助もぎくしゃくと頷く。
「ああ。……なんかこないだより美人になったか?」
「ひろ子さんのおかげで。あとドレス、お母さんが作ってくれたんだって」
「そりゃすげえな」
二回目なのに、初々しい。そんな二人の様子を、愛と恵、そして一階から様子を覗きに来た頼子と亜子の両親は、微笑ましく見守っていた。
時刻は午前十一時。そろそろ人が集まり始める。
いったいどれほどの人に声をかけたのだろうか。一力家と皆倉家の庭はあっという間に満員になった。遠方にいるはずの知り合いも集まって、賑やかだ。
今日のことはこれまた随分前から愛が方々に話していたようで、さらには伝言ゲームのようにあちらこちらへ情報が広がっていったのだという。
「愛さんから連絡をもらって、私から凪ちゃんに教えたの」
「サプライズ披露宴なんて、旦那のお姉さんやるじゃん。とにかく改めておめでとう、亜子」
来てくれた桜と凪に口々にそう言われ、亜子は嬉しいような恥ずかしいような気持ちになる。
「亜子さんのドレス素敵! 写真も良かったですけど、こっちもいいですね!」
「可愛いの似合っていいなあ。羨ましいです」
莉那や詩絵、春、千花など、高校時代からの後輩たちも来てくれている。詩絵などは普段県外にいるのに、わざわざ駆けつけてくれたそうだ。まるで同窓会のようで、だんだん恥ずかしさはなくなってくる。むしろ懐かしくて楽しくて、これでお酒があったらいいのになどと思ってしまう。
亜子が女の子たちと歓談する一方で、大助も後輩たちに囲まれていた。かつては兄弟とまで称されていた海も、このために県外から戻ってきている。
「連さんはいる場所が遠すぎるんで、さすがに来られなかったんですけど。LINEでメッセージ送ってるはずですよ」
「お、マジだ。相変わらず文章硬いな」
「連さんらしいですね。あと、サトは少し遅れてくるって連絡がありました」
スマートフォンに表示されたメッセージに笑っていると、在と黒哉がやってきた。片手を挙げて挨拶すると、二人とも手を振り返してくれる。
「前も思ったけど、お前ホントその恰好似合わねーのな」
「亜子さんはとても綺麗でしたけど、大助君は改まった恰好よりもいつも通りのほうが安心します」
「お前ら兄弟揃って暴言吐きに来たのか」
そのあと在とは家の住み心地の話などをした。世間話のつもりだったが、在は若干仕事モードも入っているようだ。
年が近いもの同士で話していると、そこへ一際元気な女の子の声が飛び込んできた。「お久しぶりです!」と爽やかな笑顔で言う彼女も、大助の大事な後輩の一人だ。
「やっこ、お前も来てくれたのか」
「もちろんだよ! 愛さんに呼ばれたら来ないわけにはいかないし、大助兄ちゃんの晴れの日だもんね!」
「警察学校は?」
「順調順調! まあ、厳しいのは当たり前ってことで」
この春から町の外に出ているやつこも、こういうときには戻ってきてくれる。昔のように頭を撫でてやろうとしたら、「今日はちゃんとセットしてきたので遠慮します」と言われてしまったが。
今日のことをみんなが知っていて、当人たちだけが知らなかった。サプライズパーティは大成功で、企画立案者であろう恵と愛は満足そう。大助はひたすらに嬉しかった。たくさんの人が祝ってくれることも、自分を育ててくれた兄姉が喜んでいることも。
しみじみとこの気持ちをかみしめていたところへ、また賑やかな声がした。しばらく聞いていなかった、かつてのこの町の名物だ。
「大助、亜子、おめでとーう!」
良く通る声に大助と亜子が同時に振り向くと、少し遅れてやってきたお祭男はにかっと笑った。その隣には、相方もいる。
「流さん、和人さん! 来てくれたんだ!」
「お前ら、帰ってきてたのか……」
「当たり前だろ。後輩の結婚を思い切り祝わなきゃな」
「だいぶ前から、愛さんからは連絡もらってたんだよ。だから帰国もそれに合わせたんだ」
大学を卒業してから、流と和人は国外に出ていた。日本に帰ってくるのは夏くらいかな、なんて話していたのに、まさか帰ってきていたとは。
この顔ぶれは、本当に同窓会のようだ。こんなにたくさんの人が集まる同窓会は、他にはないかもしれないけれど。
結婚式の定番というものがあるらしい。その一つが新郎と新婦のこれまでの歩みをまとめた映像だ。大助の叔父の利一が、趣味で集めたノートパソコンやタブレットを持ってきて、それを上映した。いつのまにこんなものを作っていたのだろうと、大助と亜子は半ば呆れていたのだが。
写真や動画を集めるのは簡単だっただろう。両家とも、ことあるごとに記録を残してきた。いつかこれをやりたかっただけなのではないかと思うほど、大助と亜子の成長記録は大量にあった。
出会った幼い頃から、楽しかった日も、悲しかった日もあって――大助の記録は、両親がいなくなった頃だけぽっかりと抜けていた――それでも二人はずっと一緒だった。手を繋いで、ここまでやってきたようなものだった。
「二人一緒にいる写真や動画ばっかりですね」
「なるべくしてなった夫婦だな」
周囲はそう言って頷いていた。改めて、自分たちの歩んできた道を確かめて、大助と亜子は同じことを考えていた。――この歩みには、きっとここにいるみんなの力が必要不可欠だった。
上映が終わって、拍手があふれる。二人は照れ笑いのまま、客に丁寧に頭を下げた。
そのあとも、ケーキを二人で切ってみたり、ブーケを投げてみたり。小さなブーケは、手を伸ばしていた女の子たちを飛び越えて、黒哉の頭にヒットした。
宴は夕方まで続いた。まだ明るい空の下、誰も彼も話を弾ませている。
そんな中、大助は愛に呼ばれた。そうして家の裏にやってきて、目を見開いた。
「え、神主さんも来てたんすか?」
そこには礼陣神社の神主――この町を守る大鬼様がいた。
「遅くなってすみません。でもこれは、大助君にしかしてあげられないことだったので」
神主はふっと笑って、長い指の先を大助の額にとんとあてた。
「今から数分だけ、眠ってしまった君の力を呼び覚まします。かつて鬼の子だった君に、鬼たちから伝えたいことがあるそうなので」
礼陣の町には鬼がいる。彼らの姿は基本的に、親を亡くした子供にしか見えない。大助もかつては彼らの姿が見えていて、彼らのために町中を駆けまわっていたことがあった。
今はもう大人になってしまって、見えないはずの彼らが、しかしぼんやりと大助の目に映り始める。
「……これは」
『大助、おめでとう』
『お前も家庭を持つようになるなんて、時間の流れは早いものだな』
声も頭の中に響いてくる。懐かしい感覚に、大助の胸が熱くなる。
「久しぶりだな。……いや、俺が見えなかっただけで、お前らはずっと俺のことを見ててくれたんだよな」
見えなくても、傍にいる。礼陣の鬼はそういうものだ。だから彼らが見えなくなっても、大助はあまり寂しくなかった。――全く寂しくなかったといえば、嘘だ。
『お前が両親を喪う前から、私たちはお前を見てきたぞ。大助は礼陣の子だからな。私たちの、大事な大事な子供だ』
鬼が見えていた頃には頻繁に大助の前に現れていた、なじみ深い子鬼が言った。見た目は五歳くらいの子供なのに、生きた年月は大助よりずっと長い鬼だ。
「子鬼、お前……そんななりで親代わりだったんだもんな」
『そうだぞ。そして、のちに生まれてくるであろう大助たちの子供も見守るつもりだ。私たちは礼陣の子供たちを守る者だからな』
頼もしい笑顔に、大助も笑う。拳を軽くぶつけあって、「ああ」と応えた。
「そのときは、よろしくな。……でも俺は、自分の子供を鬼の子にするつもりはないぜ」
『私たちもそれは望んでおらん。生きよ、大助。それから亜子も生かせよ』
話しているあいだにも、もう鬼たちの姿はぼやけていく。わずかな時間の魔法は解けようとしていた。けれども見えなくなるだけで、そこに彼らは存在している。だからどちらも、別れの言葉は口にしなかった。
人間とは「またな」で別れる。連休はまだ残っているので、この町で休みを過ごしているあいだは会える。会えなかった人々とも、そのうち再会できるだろう。
大助と亜子は、ずっとこの町にいる。そうすることを選んだのだから、この場所を離れていった人々が帰ってくるのを待つことができる。
「事前に言ってくれれば」
着替えてから、亜子が口をとがらせながら言った。髪はまだ直していないが、形が崩れてもいなかった。
「感謝の手紙とか、書けたかもしれないのに。お父さんとお母さんでしょ、それから恵さんと愛さん、よりちゃん先生に利一先生。流さんたちや莉那ちゃんたち。たくさん言いたいことあったのに」
指折り数える亜子の隣に座り、大助は笑う。
「それじゃ手紙にまとめきれねえだろ」
「そうだね、そうかも。……でも、うん。今日はすごく、楽しくて、嬉しかった。びっくりしたけど、それ以上に……」
集まってくれたのが人間だけではないことを、大助は知っている。礼陣中が、自分たち二人のことを祝福してくれたのだ。だから、これからはそれに応えるよう、日々を幸せに生きていきたい。
それを言葉にするのがもどかしくて、大助は亜子を引き寄せ、抱きしめる。亜子はそのまま大助に身を任せた。
「大助、わたしたち、幸せだね」
「そうだな」
「わたしも大助を幸せにしてあげるからね」
「そりゃこっちの台詞だ。俺がお前を一生幸せにしてやる」
「うわ、大助ってそんな歯の浮くような台詞言えたっけ」
五月三日、大安。日取りも進行も、何もかも用意してもらった。それだけのことをしてもらえるんだから、自分たちは恵まれているんだろう。人に、町に。――礼陣に。
これから少しずつ、みんなに恩返しをしていこう。日々を生きながら。そうして今の幸せを、未来につなげていこう。
それがこの日の、二人の誓い。