礼陣神社の裏手に広がる、一見すると何の変哲もない雑木林。上空から見てもその面積はけっして広くはない。
けれどもそこに入った人間は、迷ってしまい、出てこられなくなるという。そんな言い伝えが、この町にはあった。普段神社に気軽に遊びに来る子供たちも、そこには絶対に足を踏み入れないように大人たちと約束をさせられている。
でもそれは、人間に限っての話。鎮守の森は、この土地に住む鬼たちにとっては、心を落ち着けて力を蓄えるための大切な場所だ。鬼たちのための場所だから、空間が人間用にはできていない。だから迷い子がでるのだ。
今となっては昔の話、いや鬼たちにとってはほんの十年くらい前なんて微々たるものかもしれないが、一人の人間の少年が鎮守の森に迷い込んできた。案の定、空間が人間の世界のそれとは異なる場所で、彼は迷子になってしまった。迷ってもなお、とある鬼に会いさえすれば大丈夫だと信じていた。そしてその通りに捜していた鬼に会って、無事に森の外へと脱出できたのだった。
そのときのことを、当の鬼(正確には鬼に成り切れていない人鬼というものだ)であり、迷い込んだ少年の姉を自称していた美和は、思い出すたびに複雑な気持ちになるのだった。恥ずかしいような、呆れるような、……少しだけ嬉しいような。
そして思い出すきっかけは、いつも鎮守の森に近づいたときなのだった。
『たまには鎮守の森にも行かないと、鬼に成れんぞ、美和。かつて人鬼だった者には、あそこで修業をして早く鬼に成った者もいるのだからな』
暇を持て余していた美和に、子鬼――美和は牡丹と呼んでいる――が言う。
普段なら、美和が実家だと思っている商店街の呉服店で客の入りを眺めたりしている時間なのだが、今日はそれができない。店を息子に譲って山の向こうに隠居した先代が、どうやら腰を痛めたらしく、店を取り仕切る夫婦は揃って出かけて行ってしまったからだ。というわけで、呉服店は臨時休業と相成っている。
人間の魂が鬼になる過程の、中途半端な「人鬼」で、鬼の力なんか一つも使えないのに、礼陣を離れられないというところばかりこの町の鬼らしい美和は、たしかに退屈していた。退屈だが、昔のことを思い出すので、落ち込んだとき以外は鎮守の森には極力近づきたくない。
『鎮守の森なんて行ったら、いつぞやの和人のぶっさいくな泣き顔思い出しちゃうじゃない』
『お前たち、顔はそっくりだぞ。双子だからな』
『わかってるわよ。わかってるから嫌なんじゃないの』
シャッターの閉まった店先で、美和と牡丹は言葉を交わす。鬼である二人の姿は、普通の人間には視認することができない。それどころか人鬼である美和の姿など、見られるのは鬼とたった一人の人間だけだ。その人間も今はこの町にいない。ようするに美和の存在を知る人間は、この町には誰一人としていないのだった。
そして大抵の人間は鬼の存在こそ認めていても、見ることまではできない。存在を認めていること自体、この町の人間ならではのことだ。
とにかくお喋りをする二人を気に留める者は、町を闊歩している鬼以外にはいなかった。
『ていうか、別にそんな焦って鬼に成らなくても、そのうち成れるんじゃない』
人鬼は人間の魂が鬼になるまでの過程。ということは、いつかは鬼に成る。鬼に成ればちょっと不思議な力を使うことができるし、物質を動かしたり、飲食をしたりといったことができるようになる。一部の特別な人間にはその姿を見ることもできるので、異種間交流もばっちりだ。人鬼のあいだはできないことが、いろいろできるようになるというのが、鬼に成ることの特典だった。
美和だって鬼に成りたい。そうすれば実家だと思っている店の手伝いが、少しは可能になるはずだった。今は陳列されている品物に触れることすらできないが、鬼に成れば、幾重にも巻いた反物などの重いものを、店主らに代わって移動させることだって簡単にやってのけられる。
それでも美和が「急いで」鬼に成ろうとしないのには、それなりに理由がある。鬼に成って得られるたくさんのものと比べれば、大したことはないのかもしれないが。
そんな美和に、牡丹は溜息を吐きながら言った。
『あのな、美和。十年以上人鬼をやっているというのは、なかなか例がないことなのだぞ。人鬼は大抵、長くても五年程度で鬼に成っている。短ければ数か月なんて者もいる。力を蓄えれば、それだけ鬼に成るのが早まるのだ』
『私がさぼってるって言いたいわけ?』
『いや、美和の場合は人間寄りの未練が強すぎるのだ。それを割り切ることができたとき、人鬼は鬼に成れる。新しい人生、いや鬼生を本格的に歩むことができる。私は、美和は早めに鬼に成ったほうがいいと思うんだがな』
もちろん美和の勝手だが、と牡丹は付け加えたが、たぶん未練はさっさと断ち切ってほしいのだろう。美和はとうに、人間ではないのだから。
わかってはいるのだが、ついつい鬼に成ろうとするのをなりゆきに任せてしまっていた。いつか、いつかといって、先延ばしにしてきた。
『……わかったわよ。そこまで言うなら修行とやらをやってやろうじゃない。何すればいいわけ? 鎮守の森で座禅組んで瞑想するとか?』
半分自棄になって美和が言うと、牡丹は首を横に振った。ただの否定ではなく、やれやれ、というふうに。
『いや、座禅までは必要ない。瞑想だけでいい。鎮守の森には鬼に必要な力があふれているからな、そこにいるだけで十分鬼に近づけるはずだ』
『結局それって山籠もりじゃない。いや、森籠りか……』
どうせ呉服店の者は、明後日まで帰ってこない。それまで鎮守の森で過ごすというのも、退屈しのぎにはなるだろう。
鎮守の森に一歩でも入れば、そこは鬼の世界だ。人間たちが決めた範囲ではあるが、鬼たちが自由にできる空間で、たしかにいるだけで気持ちが落ち着いた。
落ち込んだときには鎮守の森に引きこもりたくなって、一度はそれを実行した美和だったが、なんでもないときにこうして来たのは初めてだ。
『おや、人鬼だ。修業しに来たのかね』
人間とは似つかない、ひょろりと長い体の鬼が、森に入った美和に声をかけた。鬼は人間よりもバリエーション豊かなかたちをしていて、豆粒みたいな者や、四メートルはあろうかという巨大な者も珍しくない。頭につのが二本はえていて、大鬼様に由来する力を使えさえすれば、鬼に分類される。少なくともこのあたりではそういうことになっている。
そして鬼たちは、多くが個々の名前を持たない。まとめて「鬼」や「子鬼」などと呼ばれる。お互いでも「お前」だの「あいつ」だのといっていて、それでもちゃんと誰のことを指しているのかわかるので、不便はない。
声をかけてきた鬼にも名前はなく、しかもしばらく森から出ていないようだった。
『修行といえば修行、暇つぶしといえば暇つぶしです。初めまして、美和と申します』
丁寧に自己紹介をしてお辞儀をすると、鬼は赤くて丸い目をさらに真ん丸にした。
『おや、名前持ちかい。こりゃあ驚いた。それは人間だった頃の名前かね、憶えているなんて珍しい』
『私が人間だった頃って、胎児のときと産まれてからの数分だけだったと思いますけど。でも珍しいなんて、人間だった頃の名前って忘れるものなんですか?』
『人鬼になった時点で、未練以外の記憶を失くすのが多いよ』
そんなことは初めて聞いた。思わず傍らの牡丹を見ると、目を逸らされる。どうやら知っていて言わなかったらしい。十四年くらい付き合いがあるはずなのに。
でも、と美和は思う。そういえば、人鬼としてかたちを持つ前の記憶は美和にはなかった。幼子の魂として実家を彷徨っていたのではないかという推測こそあるものの、美和自身、それを憶えているわけではない。
『まあ、修行なら頑張りなさい。早く鬼に成れるようにね』
『はい、ありがとうございます』
ひょろり鬼と手を振りあって、美和は牡丹とともにさらに森の奥へと進む。進んでいくごとに、鬼の数は増えていった。そのかたちも様々だ。人間のいう異形のような者ばかりではなく、美和や牡丹のように人間に近いかたちをしている者もいる。
『かたちの違いって、どこからくるものなの?』
『私にもわからんな。気がついたらこのかたちを持っている。大鬼に訊いてもさっぱりだ』
美和自身の場合ならば、なんとなくわかる。たぶん、このかたちは双子の弟に基づくものなのだろう。双子ならば似ているはずだと、美和も弟も思ったから、現在の美和のかたちがある……と考えることはできる。
けれども他の鬼の場合は、想像ができないから説明もできない。不思議に思いながらも、美和は歩みを進めていった。
と、ここから少し離れた、ぽっかりと開けたところに、ぽつりと座り込む鬼の姿を見つけた。姿は人間の女の子によく似ているが、頭にはちゃんと二本のつのがある。黒い髪はセミロングで、ちらりと見えた顔はなかなか可愛い。年の頃は、人間でいう中学生くらいだろうか。それも少し大人っぽい部類の。
膝を抱えて俯いていたその鬼が妙に気になって、美和はそちらへ進路を変えた。
『おい美和、どこへ行く?』
『ちょっとね。あの子、普通の鬼?』
美和が指をさすと、牡丹は『ああ……』と曖昧に頷いた。
『普通の鬼だ。もとは人鬼でな、四年ほど前に鬼に成った』
『元人鬼! ちょうどいい、あの子にどうやって鬼に成ったのか訊いてみよう』
こんなところで人鬼だったことのある鬼に出会えるなんて、願ったりかなったりだ。いそいそとそちらへ向かおうとする美和を、しかし、牡丹は着物の袂を引っ張って止めた。
『待て、美和』
『何よ』
『あれがお前の話に応じてくれるかどうか、私にはちょっと疑問があってな』
牡丹の奇妙な発言に、美和のほうが頭に疑問符を浮かべる。どういうこと、と尋ねる前に、牡丹は声をひそめて語り始めた。
『あれは以前、大鬼から罰を受けたのだ』
少女鬼は、もとを遡れば、人間の小学生の女の子だったのだという。しかし事故で命を落としてしまった。それでもなお、魂は強い未練を持ってこの世に留まり、人鬼となったのだった。
彼女の未練は恋だった。好きになった男の子のことを、死んでも想い続けた。彼のためになんでもしたい、そのために力を持った鬼に成りたいという気持ちが、数年かけて彼女を鬼にした。
だが、鬼として力を振えるようになった途端、恋心は暴走した。恋焦がれる彼のためにと思ってしたことが、結局は彼と彼の周囲を傷つけることとなり、大鬼様から罰を受けたのだという。
鎮守の森の奥で、愛しい彼の顔を見ることすらできないまま、反省し続けなければならないという罰を。
『鎮守の森にいて、反省も十分にしているから、呪いを溜めこまずに済んでいる。だがあれは相当落ち込んでいる。美和の問いに応じられるかどうかはわからんぞ』
『ああ、負の感情を溜めすぎると呪い鬼になるってやつね。それも鎮守の森で防げるんだ。……でも、だったらなおさら声をかけてあげるべきなんじゃないの?』
牡丹の話を一通り聞いて、けれどもそれをあっさり置き、美和はさくさくと歩いていった。むしろ事情を知ったことで、あの鬼に接触したいという気持ちが強くなった。牡丹も渋々ながら追いかけてきてくれているようだ。
『ねえ、君』
少女鬼のもとに辿り着いた美和は、少しの躊躇いもなく彼女に声をかけた。彼女はゆっくり顔をあげ、眉を八の字にしたまま美和を見上げた。それを見て、やっぱり可愛いじゃない、と美和は思った。
『……誰? 初めて見る』
長いこと、少女はここで反省し続けてきたのだろう。そのあいだにも色々な鬼を見てきたはずだ。声をかけた鬼もいたかもしれない。でも、今この瞬間、彼女は一人だった。
そもそも独りぼっちだった弟を独りにしないためにかたちを持った美和だ。そんな子を放っておけるわけがない。
『私は美和。人鬼よ。鎮守の森に来るのは二回目でね、前に来たのは随分昔だから、君を見かけたのは初めて』
『みわ? それって、名前?』
『そう。君にはないの?』
『……わかんない』
少女鬼はまた俯いてしまった。そして、『あったはずなのに』と呟いた。
『私にだって名前、あったはずなのに。人鬼になったときには忘れてた。鬼になったら、もっと忘れた。一度くらい、好きな人に呼んでほしかったのに。呼んでもらったことがあるかどうかも憶えてないの』
森に入ったときに会った、ひょろり鬼の言っていたことを思い出す。人鬼になった時点で、未練以外の記憶は失くすことが多い。きっとこの子もそうなのだろう。人鬼になったときに、未練のもとだった恋心以外の多くを失くしてしまったのだ。
これだもの、恋心に縋って、とりつかれて、暴走するのも納得できるよ。美和の心に浮かんだのは、そんな言葉だった。
『それにね、ここにいると……だんだん、もっと、忘れていくの。好きな人の名前も、今はもう思い出せない。あんなに好きだったのに、好きだったことしか憶えてないの』
『え……』
それから、少女鬼が重ねた言葉に、美和は絶句した。この子の中の記憶は、鎮守の森にいることで、だんだんと失われつつあるのだ。そうしていつか、恋心さえも忘れてしまうのかもしれない。それがきっと、この子は、そして美和も、怖かった。
だって、そんなことになったら、鬼に成った理由が消えてしまう。
思わず牡丹を振り返ると、唇を噛んでこちらを見ていた。ここで何かを言うつもりはないらしいということが、美和にはわかった。もう、十四年の付き合いなのだから。
美和は少女鬼に向き直る。暗い表情の彼女は、救われているとは思えない。反省だけが救いではないのだと、美和は胸が苦しくなった。
『……私は人鬼だけど。君より未熟者だけど。でも、きっとこの世にいる年月は君より長いんだ。だから、この世の先輩として、贈り物をあげるよ』
過去がなくなっていくのなら、せめて今から先に希望が持てるように。この子がもう暗い顔をしなくていいように。美和にできることは少ない。何せ、鬼の力も使えない、半端者なのだから。その数少ないことの中から、一つ選んで、口にした。
『君の名前は、今から月音。夜空に浮かぶ月に、聴こえる音と書いて、月音』
『……つくね?』
首を傾げる少女鬼に、美和はこくりと頷いた。
『月ってさ、満月のときは明るく光ってるけど、新月のときには見えなくなるでしょ? 移り変わるんだけど、それって消えるんじゃなくて、たしかにそこにあるんだよ。ただ姿が変わっているように見えるだけ。そして音は、いつだって何かが奏でてる。必ずそこにある。たとえ、聴こえなくなっても』
うまく説明できないなあ、と美和は苦笑する。すると、少女鬼は――月音は、初めて、少しだけ笑った。
『つまり、変わるけどここにあるってこと? そういう意味で、私に名前をくれるの?』
『おお、賢いね。そうそう、そんな感じのことを言いたかったの。……まあ、なんか、響きが美味しそうになっちゃったけど。でも私、つくね食べたことないけど。普通につきねのほうが良かったかな』
『ううん、つくねでいい。月音……私の、新しい、名前……』
月音は美和のつけた名前を、愛しげに呟いた。何度も繰り返した。そうして、にっこりと笑った。
『ありがとう、美和さん。私、これからは月音って名乗ることにする。思い出せないことは、変わっちゃったことは、たくさんあるけど……誰かを好きだったことと、この名前だけは、絶対に忘れない』
やっぱりこの子は笑った方が可愛い。美和はそう思いながら、月音にもう一度頷いた。
少し考え事をしたいから、と言った月音をその場に残して、美和と牡丹はもう少し奥へと森を進んだ。うす暗い森には、鬼がひしめいていて、けれども誰もが静かだった。
『このあたりになると、一度呪い鬼になったことがある者が多くてな。特に強い呪いを持ってしまった者が多い』
牡丹が冷静に説明してくれた。呪い鬼というのは、鬼が負の感情を爆発させて暴走したものをいうが、中でも格別に厄介だったものが森の奥に送られるのだという。大鬼様が、そうするのだ。
だからこの辺りは、鬼たちを鎮めるための力が最も強く働いているのだという。たしかに空気は清浄で、体の中に涼しくきれいな風が入り込んでくるような心地がした。
けれども周囲の鬼たちの表情は、どれも浮かないものだった。
『この鬼たちも反省してるの?』
『そうだな。本来であれば礼陣の人間を守るべき存在であるところを、恨んだりしてしまった者たちだからな。罪悪感と、未だにわずかに残る恨みに苛まれている』
『……牡丹は、なんでこんなところに私を連れてきたわけ?』
美和が足を止めて尋ねると、先を歩いていた牡丹は振り返り、美和を見上げた。鬼の特徴である赤い眼が、静かに光っていた。
『さっきの鬼……月音への美和の対応を見て、思った。傷を癒すのは時だけではない、何かの働きかけも必要なのだ。美和にはきっとそれができる』
『これ全員名前つけろっていうの?』
『そうではない。ただ、声をかけてやるだけでいい。市中に現れた呪い鬼は鬼追いが神社へ帰し、大鬼が癒すか鎮守の森へ送る。だが鎮守の森へ送られた鬼には、長い反省と忘却という罰がある』
徐々に記憶を失っていくのは、どうやら罰の一つだったようだ。鬼の全てが、鎮守の森にいることで記憶を失っていくわけではないらしい。
『月音のように、その罰に耐えかねる者もいるのだろう。私は百五十年も生きてきて、やっとそのことに気がついた。この者たちにも、救いが必要だ』
それができるのが美和なのだと、牡丹は言っている。でも、きっと美和でなくてもできるだろう。ただ、きっかけさえあれば。――きっかけをつくるのが、美和なのだ。
『……まあ、鬼に成る修行の一環として引き受けてもいいけど。でも牡丹、あんたにだってできるのよ。だからあんたもやりなさい』
『わかった、私もできる限りのことはしよう。……しかし、私では救えるかどうかわからんがな』
牡丹はたまに卑屈になる。十四年の付き合いでわかったが、牡丹自身も何か救いを求めているような気がする。それを美和が与えてやれるかどうかはわからないし、そもそも原因も知らないけれど。でも、だからこそ、美和は牡丹の傍にいたいと思うのだ。この小さな鬼が、壊れてしまわないように。
『さて、修行の内容が決まればやるしかないね。もうちょっとのんびり鬼に成るのを待とうかと思ったけど、どうやら私は類を見ないほど人鬼歴が長いようだし』
それに、もっと知りたくなった。他の鬼がどんなことを考えて、何のために鬼として生きているのかを。そして自分自身が、どんな鬼に成るべきかを。
そうしていつか人間にそれを話して聞かせてやれるようになったら、いつか弟の耳にも届くのではないか。たとえ弟の目に、美和が映らなくなったとしても。
『じゃあ牡丹、今日はオリエンテーションってことで、一旦森から出ない? あんまり空気がきれいすぎても落ち着かないのよね』
『美和は本当に市中が好きだな。まあいい、時間はたっぷりあるからな』
それにどうせ、店が開くまでは暇だ。もっというなら、弟が帰ってくるまで。それまでに話を積もらせておくのも悪くない。それから月音とも、もっと仲良くなりたい。
これからしばらくは、退屈しなくて済みそうだ。