十二月の下旬、礼陣の街を往く人々の話題は、どれも同じようなものだ。
それを聞く鬼たちの表情も、ほぼ一緒。幸せそうに予定を話す人間たちを見ていれば、自然に笑顔が溢れる。
町の北東にある礼陣神社にも、そんな鬼たちが屯している。拝殿前には少女の姿をした鬼が二柱、ちょこりと座って言葉を交わす。幼い子と十代後半らしい彼女は、今日のことをぽつぽつと語り合っていた。
「クリスマス、だな。ここ何年か、街が楽しそうだ」
幼い少女がいう。
「あんたの言う何年かって、百年単位でしょ」
十代後半らしき少女がいう。
「六十年だ」
「どちらにしろ長いじゃない。私は十八年しか生きてないんだから」
幼い少女、牡丹は百五十年以上礼陣を見てきた鬼。
見た目そのままの少女、美和は生きられなかった赤子が転生した人鬼。
生きた時間が互いの見た目とは異なる彼女らだが、仲は良い。
「美和は、今年はどうするんだ?」
牡丹が尋ねると、美和は「ん、」と頷いて本日の予定を答える。
「和人が今年も流と過ごすみたいだから、邪魔しに行く」
「相変わらずだな」
美和が毎年この日を人間と過ごしていることを、牡丹は知っている。知っていて、尋ねる。
この予定を話す時の美和が、とても幸せそうだからだ。
「でも、まあ。来年からは牡丹と過ごすよ。和人は大学に行って、私とは離れるだろうから」
「そうか、寂しくなるな」
幸せそうな美和を見られるのは、今年が最後か。牡丹にはそれが残念でならない。
その分今日は、心ゆくまで楽しんできて欲しい。
しかしそんな思いとは裏腹に、美和は笑顔のまま言った。
「牡丹たちがいるから寂しくないよ。鬼は鬼同士、仲良くやろう」
いつもの強がりなんかではない。彼女は心から、その言葉を告げていた。
「美和は、強くなったな」
「子供扱いしないでよ。見た目は私の方が大人でしょ」
きゃらきゃらと笑い合う少女鬼たち。人間と違って、この時は永い。
何度人間との別れが来ても、自分たちはいつまでもこうしていられる。
だんだん寂しさを忘れることに、慣れてしまう。
……
美和にはそうなってほしくないと、牡丹は思う。だから彼女の言葉を、心の底から嬉しいとは思えなかった。

美和が出かけたあとの境内で、牡丹は舞い始めた雪を眺める。
雪は人間の家が灯した明かりにとけていった。
「暇ですか?」
不意に降ってきた声に振り向くと、背の高い袴姿の男性がニコニコしながら立っていた。
「これが忙しそうに見えるのか? 神主よ」
「思い巡らせるのに忙しいなら、邪魔してはいけないかと」
礼陣神社の神主は、牡丹の隣に座って、街の灯りへと目を向ける。愛しそうに、慈しむように。
「愛さんも、今日は早々に帰られました。お向さん家族と一緒に食事をするんだそうです」
神社に巫女として勤める人間の名をあげ、彼はため息混じりに言った。
「彼女にとってはいいことなのに、寂しいですね」
牡丹は神主を見て、それからまた雪を見た。地面に落ちて、消えてしまう雪。それを当たり前のことだと知っていて、なお寂しい。
齢千歳を超える大鬼であるこの神主は、今でもその感情を忘れていないようだった。
「お前は少し、寂しがりすぎではないか」
そう言う牡丹の顔はほころんでいて、
「そうですかね」
神主のそれとよく似ていた。