御仁屋のお菓子は大好きだけれど、今日は買い食いはしない。神主さんが差し入れにもらった干し柿を分けてもらったので、甘味はそれで十分だった。ちょっと渋めのお茶を飲みながら、やつこは社務所で足を伸ばす。
先ほど、鬼追いの振り返りを終えたところだった。今回の鬼はさほど強い呪いを持っていたわけではなかったので、竹刀はほとんど振るうことなく、やつこの説得だけで暴走を止められた。そこへ愛さんが来て、札を使って呪い鬼を神社へ帰してくれたのだった。鬼が呪いをやつした原因は、人間の負の感情がこもった願いを聞き入れようとしたことだという。神主さんがそう説明してくれた。――鬼追いに、この手の原因はよくあることだ。よくある一方で、やつこたち人間がもっとも頭を悩ませることでもある。
「鬼は人間を好きで、でも人間は鬼に自分の不満をぶつけて……なんだか、申し訳ないよね」
干し柿を噛みながら、やつこは溜息を吐く。口の中は甘いのに、心の中はお茶より苦い。
「人間の馬鹿な考えを真に受ける鬼も馬鹿だよ。両方とも愚かだ」
向かいに座って、やつこと同じように干し柿を片手に茶を啜る海は、こういう案件にはとくにシビアだ。人間のことも鬼のことも好きだからこその考えなのだが、その厳しさはやつこには少し怖くも思える。眉間にしわを寄せている彼の機嫌を、やつこは緊張しながら窺っていた。
「まあ、解決したんだからいいんじゃねえ? それより美味いもんは美味そうに食えよ。せっかくよくできた干し柿なのに」
一方で、壁に寄りかかりながら二個目の干し柿を食べつつ、軽い調子で言う大助。先ほどの振り返りも「なんだ、いつものか」の一言で済ませてしまった。人間が恨み言を抱えるのも、鬼がそれを受けてしまってから途方に暮れるのも、性というものだから仕方のないことだと彼は思っている。その結果、呪い鬼となってしまったものを助けるのが、自分たち「鬼追い」の役目なのだと割り切っているのだ。
鬼追いに求められる姿勢は、どちらかといえば大助のほうが正しい。というよりも、そのほうが余計なつらさを抱え込まずに済む。鬼追いまでもが心を痛めてしまっては、それを感じとった鬼がまた苦しみ、連鎖を引き起こすだけだ。ことに海が機嫌を悪くすると鬼たちにそれが伝播しやすいらしいので、本当はもっとすっぱり割り切ってほしいところなのだが、そうはいかない事情をやつこも少しは知っている。だから口出しはできない。
兄のような二人の先輩の対照的な姿を、やつこは鬼追いのたびに見ている。大助の考えも、海の思いも、両方ともなんとなくではあるがわかる。だからこそ、自分がどんな鬼追いをすればいいのか、どんな鬼追いになればいいのか、わからなくなってしまう。
二人とも良い人で、手本にしたいところはたくさんあるのに、やつこはそれを迷うのだった。
「干し柿は美味しいよ。でも、人間も鬼も苦しまずに済む方法はないのかなって思うと、なんだか食欲わかなくて」
「そんなのないよ、やっこちゃん。人間が聖人になるか、鬼が人間に全く関わらなくなるかしないと、今回のような呪い鬼は何度でも現れる。面倒なことにね」
「たしかに苦しまずに済む方法なんてのはねえな。それをどう乗り越えるかが大事なんだ。……って、うちの兄ちゃんもよく言ってる」
だからそこは悩んでも仕方ねえんだよ、と大助は三個目の干し柿に手を伸ばそうとする。だがそれを海に「食べすぎです」と止められ、舌打ちしていた。真面目な話をしていても、こんなやりとりは欠かさないんだなと思うと、やつこは自然と笑えた。
「じゃあ、わたしたちにできるのは、人間と鬼が苦しいことを乗り越える手伝いなんだよね。なかなかきりがない手伝いだけど」
少しだけ元気が出てきたやつこが言うと、別の部屋にいた神主さんがちょうど戻ってきた。話は全て聞いていたらしい。
「十分役に立ってくれていますよ。鬼追いがいるというだけで、私にとっては心強いんです」
「そういえば、愛さんが鬼追いをする前は、全部神主さん一人でやってたんでしたっけ」
「でも過去に全く鬼追いがいなかったわけではないんだよな。いたりいなかったりして」
「へえ、そうなんだ。わたし、鬼追いってずっといるものだと思ってた」
やっと二個目の干し柿をとって、ついでにお茶も淹れ直しながら、やつこは目を丸くした。鬼追いになってから半年、初めて聞いた話だ。鬼の見える人間である「鬼の子」は事情によりいつも何人かいるのだが、どうやら鬼追いになるような人間はいつもいるというわけではないようだ。
「大抵は愛さんや海君、やっこさんのような力の強い人や、大助君のような考えのできる鬼の子が、都合のいい時にやってくれましたね」
「さりげなく俺の力そんなに強くねえって言われてる?」
「いえいえ、そういうわけではありませんよ。大助君のような存在は貴重です」
鬼の子としての力の強さについても、やつこはまだわからないことがある。海は鬼の子としての力が強いが、鬼と人間の関係についての考え方が硬く。大助は力はさほど強くないらしいが、考え方は柔軟だ。だが、二人とも鬼追いで、やつこの先輩なのだ。
見習うべきは両方で、けれどもきっと、やつこはやつこのやり方をつくっていかなければならないのだろう。大助ほど割り切ることもできず、海ほど怒ることもないやつこは、自分の鬼追いをしていかなければならない。先輩たちを参考にしながら。
「海にい、大助兄ちゃん、……わたしたちにできることは、人間と鬼がこの町で一緒に暮らしていくための手伝いなんだよね。鬼追いって、そういうものなんだよね」
改めて問うと、大助はすぐに頷き、海は首をひねりながら答える。
「そうだな」
「うーん……広くいえばそうなるのかな。俺は大助さんみたいに即答できないけど」
枝がいくらあっても、その根っこが同じなら同じ葉がつき、花が咲く。やつこはやつこにできることを、先輩たちからもっと色々なことを教わりながら、やっていけばいいのだろう。そうしていれば、いつかは一人前になって、人間も鬼も悲しまずに暮らしていく方法だって見つけられるんじゃないかと思う。甘い考えだと言われても、やつこが目指すのはそこだ。
だって、鬼はいつだって人間を想っていて、人間は鬼を頼っているのだから。互いに必要な存在なら、どちらかがつらい思いをしなければならないような道を選び続けるようなことはしないはずだ。
「やっこさんは、良い鬼追いですね」
考えを読んだのか、神主が目を細める。やつこはにっと笑って、応えた。
「そうだとしたら、それは良い先輩たちのおかげです。海にいに大助兄ちゃん、愛さんと神主さん、それからもっと前の鬼追いや鬼の子たち、鬼のみんな。わたしがこれから良い鬼追いになれるとしたら、周りが助けてくれるからです」
「その考えがもう立派だな。俺からやっこに教えることはねえ」
「俺もやっこちゃんに負けてるかも。……機嫌悪くしてる場合じゃないな」
大助と、それから海もようやく笑う。笑って残りの干し柿を頬張る。――渋柿も、ちょっと手を加えれば甘くなるのだ。
人間はときどき愚かなことをするし、鬼もその愚かさに気づかないことがある。鬼追いはこれからもきっと、何度だってしなくてはならない。でも、そのときは何度だって、人間と鬼の両方の助けになるように、役目を果たそう。
それが礼陣の、鬼追いだ。