学校が休みの日は、朝から気合が入る。
身支度をさっと整え、朝食の準備。弟と協力すれば、あっという間に終わる。むしろ弟のほうが手際もいいし、味付けも上手だ。
両親の分を取り分けて、自分たち姉弟は完成したものを心持早めに食べ終える。この後も、掃除、洗濯、少しばかりの店の手伝いなど、やるべきことは山ほど残っている。休んでいる暇なんかない。ないほうがいい。忙しければ忙しいほど、余計なことを考えずに済む。
「成彦、台所の片付け頼んでいい? アタシ、そのあいだに洗濯と掃除やっちゃうから」
「うん。……あ、姉ちゃん、中間テストの結果まだ見せてないでしょ。成績上がったなら、ちゃんと見せたほうがいいよ」
余計なことを、考えずに済むのに。
いつも気合を入れていないと、不安要素が山となって襲いかかってくる。学校にいればそんなことも忘れさせてくれるような友達とお喋りを楽しんだり、たとえテストの話になったとしても冗談を言って笑って済ませられる。
来年の今頃どうなっているかなんて、まだ考えたくない。だから目の前のことに取り組む。
「詩絵、掃除終わったら、お店のほうちょっとお願いしていいかしら」
「はーい」
部屋が片付けばすっきりするし。笑顔で店先に立つことができれば、まだ大丈夫だと思える。休む暇なんか作らない。
「いらっしゃいませ!」
動き回れ。不安などかき消すように。

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休日の御仁屋は盛況だ。礼陣の町の飲食店は、駅前と駅裏商店街に集中しているが、住民は商店街を選ぶことが多い。駅前には全国チェーンのファストフード店があるのだが、そちらよりも、素朴で懐かしい雰囲気が求められている。御仁屋は和菓子店ではあるが、和のテイストを取り入れた洋菓子もいくらか置いていることと、子供のお小遣いでも買える値段の菓子があることで、礼陣の人々にもっとも親しまれているのだった。
「瀬戸さん、どうも」
たった今入ってきた客に声をかけられ、御仁屋の従業員が振り返る。大柄な影と、その隣に高校生男子の標準程度の背丈の影。その後ろには大人二人も控えている。――珍しいような、あと三年くらい前なら普通だったかもしれないような組み合わせだ。
「流、和人。いらっしゃい。……それと、井藤先生に服部先生。お疲れさまです」
「憶えてくれてるんだな」
「記憶力は良いんです。菓子作りはまだからっきしですけど」
御仁屋を代々営んでいる瀬戸家の次男は、愛想の良い笑顔で客を通した。
飲食スペースに通した客には、すぐにほうじ茶が供される。茶を出すついでに、従業員はその席でされている話を耳にする。そういう意味で、ここは礼陣の噂が多く集まるところだ。馴染みの客である一つ下の後輩たちが、中学校教師らと話しているのは、どうやら「ゲーム」についてらしい。
……バスの中でできるゲームか。各クラスの特色に合わせて変えた方がいいかもな」
「例えば?」
「井藤先生のクラスの子たちはとにかく元気なんですよね。賑やかにできるほうがいいかもしれません。服部先生のクラスはその逆なら、あまり発言しなくても楽しめるものとか」
そういえば、そろそろ中央中学校の修学旅行が近い。移動中にできるゲームについて、教師たちがかつての卒業生たちに相談しているのか。人選は間違っていない。町のお祭男に遊びの相談をするのは妥当だ。
「ご注文はお決まりですか」
「あ、瀬戸さんごめん。水まんじゅう四つ」
「はいよ。……で、何、先生たちは流を頼っちゃうわけですか」
「聞こえてた? イベントならこいつらに頼るのが一番だと思って」
「たしかに頼りになるかもしれませんけど、和人はともかく流はわりといいかげんなところもあるんで、気をつけたほうがいいですよ」
「瀬戸さんひどいなー」
文句を背に、従業員瀬戸は席から離れる。さて、今日は水まんじゅうだけで何時間粘られるだろうか。あまり広くない店だ、程々にしてくれよ。そう思いながら、礼陣を守護する大鬼様も認めた、御仁屋自慢の菓子を用意する。

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水無月呉服店は、今日は休みをもらっている。店を営んでいる和人の両親が、取引のある業者のところへ出かけているからだ。
そういうわけで残された和人は、流と一緒に近所へ出かけていた。そこで中学時代の恩師らに偶然会い、相談があると捕まってしまったのだった。久しぶりに話をするのも、今の母校の様子を知るのも、面白いことではあったのだが。
「面倒なことになってるんだね、今の三年生」
『あんたたちのときは、不和が起これば流が動いてたものね』
隣を歩く人鬼の美和が、腕組みをしながら眉を寄せている。だが、それも棚に並ぶ様々なパンを見るとあっという間に緩んだ。ものを食べることができない美和だが、目で楽しむことはできるのだ。
『加藤パンのパンって美味しそうよね。食べられないのが本当に惜しいわ』
「美味しいよ。食べさせてあげられないのが残念だ」
今日の夕飯は流の家の世話になるので、土産にするパンを買いに来ていた。おやつにしても、明日の朝食にしてもいい。何よりこの商店街の食べ物を野下家の人々が好きなのだ。もちろんそれは和人もである。
「あ、和人さん。いらっしゃいませ!」
ちょうどパンを選び終えたところで、加藤パン店の看板娘である詩絵がやってきた。先ほど御仁屋で話題にしていたばかりだったので、少しだけ申し訳なく思いながら、和人は笑みを返す。
「こんにちは、詩絵ちゃん。休みなのに働いてて、偉いね」
「アタシ、動いてないと落ち着かないんです。でもやっぱり手伝ってて正解でした。和人さんが来てくれたし」
店の奥さんが会計をする横で、詩絵はパンを袋に入れていく。その様子を見ながら、和人は店内をうろうろする美和のことを思う。
美和が人間として生きていたら、こんなふうに忙しく、楽しそうに働いていたのだろう。自分の手で、言葉で、店を守っていたのだろう。
「はい、ありがとうございました! またよろしくお願いします」
「うん。……がんばってね、詩絵ちゃん」
『まったねー』
店のことだけではなく、家のことも、学校でのことも。詩絵はきっと、美和の可能性だ。和人の目にはそう映る。
袋を抱えて店を出たとき、後ろからぱたぱたと足音が追いかけてきた。
「和人さん! 和人さんもがんばってくださいね! ……その、色々と!」
言葉が上手くまとまらなかったのかもしれない。それだけたくさんの思いを込めて、声をかけてくれたのだろう。
それをしっかり受け取って、和人は、それから美和も一緒に、頷いた。