ぽかぽかと気持ちのいい天気。今年も春がきたようだ。
私はうとうとしながら、主人の帰りを待っていた。
「オオカミ、桜ちゃんはまだかしら」
とつぜん陽射しが遮られ、見上げればそこにはトラ殿の姿。
彼女は私よりも一週間ほど長くこの家に住んでいる、トラネコである。
「トラ殿……桜殿は“いいんかい”で遅くなると言っていた故……今日は流殿の方が早く帰るに……」
違いない、と言い切るより先に、トラ殿は尻尾で地面を叩いた。どうやら待ちくたびれて不機嫌になっているらしい。
「アタシはねぇ、桜ちゃんと約束したのよ。今日は一緒にお昼寝するって。だから朝から楽しみにしてるのに!」
「桜殿はトラ殿ほどしょっちゅうは眠らぬと…」
「だまらっしゃい、デカイヌ! 図体ばっかりでかくて、流ちゃんにそっくりだわ!」
トラ殿の話はいつもあらぬ方向に飛び散っていく。最終的に何の話をしているのか分からなくなるなど、日常茶飯事。
私はそんなトラ殿に付き合って、主人――流殿が帰るまでの時間をつぶしていた。
これがなかなか退屈しないのだ。
「ちょっときいてるの、オオカミ!」
「聞いている。トラ殿の話はまことに愉快だ」
「アンタ、バカにしてんの?」
私達はともに、この家の子供達に拾われた。
トラ殿は娘に、私は息子に。
双方、捨てられ弱っていた私達を助けてくれた恩人だ。
私達に名を授けてくれたのは息子だった。
トラネコの彼女にはトラ、そしてイヌである私にはオオカミ。
おかしな名前だそうだが、私は気に入っていた。トラ殿は初め、嫌がっていたようだが。
トラ殿の方が早く拾われた為、彼女は私を時折弟のように扱う事がある。もっとも、私は弟というものがよく解らぬ為、彼女の言を借りているだけである。
そうして何年かを過ごし、私達はいまやすっかり野下家の家族として振舞っていた。
「ただいまー」
「ただいま」
「おじゃまします」
トラ殿の話が左から右へと流れている間に、三つの声が重なった。
途端にトラ殿はぴたりと話を止め、帰ってきたこの家の娘、桜殿の方へ走っていってしまう。
「トラ、ただいま」
桜殿に抱き上げられ、なでられて、トラ殿は喉をならす。
そして私は、
「よ、オオカミ。今日は桜と帰りに会っちゃってさ、一緒に帰ってきたよ」
流殿の報告を聞きながら、尾を振る。
「オオカミもずいぶん大きくなったよね」
その傍らで話すのは流殿の友人であり、また私を拾ってくれた一人でもある和人殿だ。よくこの家を訪れる。
「今のうちに遊んでおけよ。来年の今頃には、もう触れないかもしれないんだから」
「そうだね…僕がうまく進学できれば、そうなっちゃうか」
ど、と春の風が吹いた。
今は心地よいこの風も、来年には寂しく感じられるのだろうか。
流殿が寂しいと感じれば、私も寂しい。
トラ殿もきっと、桜殿が悲しめば悲しい。
「何辛気臭い顔してんのよ」
桜殿の腕の中から、トラ殿が言う。
「アタシたちはそんな顔しちゃいけないのよ。思いっきり生きて、この子達と笑うの。その先のことなんか、そのときに考えればいいのよ」
「トラ殿は私の考えてる事がわかるのか」
「分かるわよ。何年一緒に暮らしてると思ってるの? アンタはアタシの弟分だしね」
私の姉貴分は、そう笑った。
だから今は、流殿と和人殿とともに過ごす時間を楽しもうと思った。