元々、彼女のようなタイプは苦手だった。

騒々しく、こっちの迷惑も考えずに話しかけてくるような、こっちからは関わりたくない人間だと思っていた。
しかし今こうして席を並べているのは、基礎ゼミで彼女が発した一言が意外だったからだ。
そのときの議題は「恵まれない子供たちに学校を」というふざけたタイトルのついた広告について。

教育を受けさせてより良い環境に、より良い仕事に、そしてより豊かな生活をという実に一方的な考えから始まった運動をどう考えるかという内容だった。
「学校建てて、その後の責任取れるのかなこの人たちは」
誰よりも先に口を開いた廿日朋の言葉は、普段の彼女からは想像できないようなものだった。

こういうのにはすぐ同調するかと思っていたのに、それをあっさりと裏切ってくれたのだ。
「武池君はどう思う?」
話を振られ、俺は答えた。廿日の疑問を認めるつもりで。
「偽善だと思うよ」

専攻を決め、それぞれに必要な知識を得ていく過程で、廿日とはよく会った。

向こうもそれに気付いたらしく、前以上に俺に構うようになった。
「たけっちー、英文訳せないー」
「高校で何学んできたんだよ」
「英語は苦手だったの!」
はっきり言って頭は悪い。

だが、彼女といると便利なこともあった。
才女と呼ばれていた宮澤春観と会話する回数が増えたのも、廿日が宮澤に懐き始めたおかげだ。
水無月和人の新たな一面を観察できるという収穫もあった。
初めから五月蝿かった茶木基頼が余計に五月蝿くなったのはマイナス要素だったかもしれない。
俺が退屈することは、このメンバーでいる限りはほぼなくなった。

全員をまとめるのはいつも廿日の役目となった。

その日も廿日の召集で、彼女の家に適当な食べ物や酒を持ち寄っていた。
アルコールが入ると、茶木がまず五月蝿くなる。思いつくままに話題を振るのだ。

そして廿日はそれに乗り、俺と宮澤がうんざりし始める。

水無月は俺には作り物にしか見えない笑顔で、周りの話を聞いている。
「なぁ、タケって兄弟いるのか?」
茶木が絡んでくる。

面倒だが、質問には答えてやった。
「いない。いいから退けろ。そしてしね」
「ひっでぇなー。宮澤は?」
「人に聞く前に自分の事を話したらどう?」
「オレは弟一人!」
私に兄弟はいないわ。これで充分かしら」
「カズは確かいないんだっけ?」
「うん、僕も一人っ子」
そのとき、気がついた。

騒いでいるのは茶木だけだ。

いつも一緒になって笑っているはずの廿日は、何故か黙り込んでいた。

しかし酔った状態の茶木はそれに気付いていないのか、それともわざとそうしたのか、廿日にも同じ質問をした。
「朋は?兄弟とか」
「あうん、お姉ちゃんがいるよ」
「マジ?美人?
「うん、優しかったよ」
過去形だった。

流石に茶木も言葉を切り、室内は一気に静かになった。

その中で廿日は、普段は絶対にしないような淡々とした口調で語りだした。
「うちのお姉ちゃんね、外に出られないんだ。中学生のときに自殺未遂して、それ以来ずっと何かに怯えてる」
廿日もかなり飲んでいた。

酔った勢いでの告白はその場の空気を凍らせていたが、彼女はそんなことに構わず続ける。
「優しくて、頭のいいお姉ちゃんだった。だけど中学生になってから変わっちゃったみたい」
何があったかなんて知らない。

廿日はそこまで話さなかった。

だけどその事件は、俺が彼女にこれまで以上の興味を持つきっかけとしては充分すぎた。

廿日は、次の日には語ったことをすっかり忘れていた。

だから今、俺は彼女からあの話をどうやって引き出そうか考えている。
そう水無月に言ったら、「趣味が悪い」と睨まれた。