いつも通りに、明るくつとめよう。
肩を叩いて、笑顔で挨拶。
簡単なこと。簡単な。
…なぁ、和人。お前なら、こんなに迷いはしないんだろうな。
いつも通りに、笑って振り向けばいい。
隣に並んで、話題に乗って。
簡単なこと。簡単な。
…ねぇ、黒哉。君ならどうするだろう。
「在」
「会長」
その声は同時。
流の手は在の肩に触れず、在は何もされていないのに視線を流へ。
流の迷いは在に伝わり、在の気付きは流に悟られる。
「…元気そうだな」
「…はい。会長も」
つい最近も会ったばかりで、こんな会話は不自然だと互いにわかっていた。
春休みが終わり、流は進学、在は進級したばかりの4月だった。
昨夜から報道されているある事件の結末が、2人の心を濁らせていた。
当たり障りのない話題を選ぼう。
幸いにも環境の変化は多くのネタを提供してくれている。
「在、学校はどうだ?」
「会長がいないと、なんだか静かです。
大助君は喧嘩相手がいなくて退屈そうにしてましたよ」
できるだけ家のことからは遠ざける。
そして、明るい方向に展開させていく。
「会長こそ、大学にはもう慣れましたか?」
「面白い奴が結構いるな。さっそく飲み会誘われた」
「未成年ですから、お酒は控えてくださいね」
あのことについては、一切話さないつもりだ。
もう終わったんだ。全てが終わったんだ。
「常田くん」
終わったのに、どうして。
「…はい」
手帳を持った人物が近付いてきて、在からあのことを聞き出そうとする。
彼らにとっては1年前の事件の終章が始まったところ。まだ暫くは終わらないのだろう。
「昨日の夜、お父さんが捕まったね」
訊き方がなってない。それじゃ相手は黙り込む。
実際、在はこれ以上何もいう気はない。
そして1年前と同じく、流が彼らを追い払う。いや、あの頃はもう一人いた。
変化はあるんだなと在がぼんやり考えているうちに、記者はどこかへ姿を消していた。
「あれをまくために、今日は外にいたんだろ」
「そうですね。…僕よりも黒哉の方が心配です」
この話題は出すまいとしていたが、邪魔が入って結局は。
それでもやっと、終わりが近付いている。
時折テレビや雑誌が事件を振り返るが、それも大きくなることはなかった。
だからこれも一時的なもの。すぐに終わる。
「大丈夫か?お前も…黒哉も」
「多分大丈夫ですよ。僕たちにはこれまでの1年がありましたから。
これから関係のない人達を巻き込まないようにだけ気をつけます」
今日までの1年について、流には何も語れない。
当事者であるはずの在にも、きっと全ては説明しきれない。
もっともっと近いところにいた、彼の弟にもそれは不可能。
だからといって記憶から葬ってしまうことも出来ず、きっと自分達は一生それに苦しめられる。
しかし。
「この1年、辛いことばかりじゃなかったので…
寧ろ黒哉に会えて、亜子さんや大助君と仲良くなれて、会長や水無月先輩とたくさん話が出来て…
僕は最近、こんな幸福な1年はないんじゃないかって思うんですよ」
それでもこんなことを言える在に、流はそうかと相槌を打つことしかしなかった。
昨夜、1年前の春に起こった殺人事件の容疑者が逮捕された。