天気予報大はずれ。なんだ、晴れたじゃないか。
出番をなくして鞄の中でしょぼくれているであろう折り畳み傘を思う。

傘を差す手が疲れなくて済むとホッとしたわたしを許してね。

こんなによく晴れた日は決まって集合がかかる。
とはいえ、わたし自身を含めてたった三人なのだけど。
メールの文面を確認して、中庭へ急ぐ。

一番最後に着いたらお菓子を買ってこなくちゃいけないという取り決めだから。
「桜ちゃん、早いね」
「休講だったから」
ダッシュで来たのに二番目だったようだ。いつもわたしが一番で、彼女がその次だったのだけれど。
ということは三番、つまりビリは不動。

わたしと桜ちゃんはのんびりと遅刻者を待つことにした。
「お腹すいた」
「凪ちゃん早く来ればいいのにね」
「いっつもだもんなぁ、ネギめ」
わたしが悪態をつくと、桜ちゃんは上品に笑った。

野下桜ちゃんは、わたしが高校時代にお世話になった先輩の妹だ。
先輩――と呼ぶのは堅苦しいのでわたしは流さんって呼んでいた――は明るくて楽観主義で、とにかく率先して皆を楽しませる人だけれど、桜ちゃんはその陰で一生懸命皆のために尽くすタイプ。
両方ともわたしは好きで、二人と友人であることを誇りに思っている。

元々友達なんて少ないから余計に嬉しい。
「亜子ちゃん、今度凪ちゃんと一緒に遊びにおいでよ」
「うん。ネギはきっとビックリするだろうな。主に流さんに」
「お兄ちゃんはいるかどうかわからないけど。帰り遅いから」
桜ちゃんを通じて、流さんの話はよく聞いている。たまに会うこともできる。

その度にわたしは高校生の頃を思い出す。
あの頃のわたしの弱さと、一緒にいてくれた人の強さを。

「げ、またあたしが最後か」
「ネギ遅いよ」
「ネギ言うな!」
連続ビリ記録更新おめでとう、塚居凪。

生憎わたしは空腹でちょっぴりイライラしている。
ネギじゃなかった、凪にはあとで売店の新製品を買ってきてもらうことにして、わたしたちは弁当を広げた。
天気のいい昼休みの楽しみ。

わたしたちは講義室の喧騒も期日が近いレポートのことも忘れて、他愛のないお喋りをする。
「亜子さぁ」
凪がわたしの手を指差す。

やっと気付いたのか言い難かったのかいや、こいつに限って後者は有得ないか。

とにかく彼女の反応は遅い。
「それ、どうしたの?」
しかもわざわざ訊くか。

もしかしてわたしをいじめようと企んでいるのだろうか。
「貰い物」
「誰から?」
あぁ、やっぱり。顔がにやけてるよ、ネギ。
「亜子ちゃん、大助君のことになると表現が遠まわしになるよね」
「桜ちゃん!」
結局先に言われてしまった。

桜ちゃんも結構意地が悪い。
「やっぱり彼氏かぁー。せっかくの指輪、何で薬指じゃないの?」
デリカシーないよ、ネギ。
「だから、亜子ちゃんは大助君のことに関しては遠まわしなの」
「それが良くわかんないんだけど、あたし」
「わかんなくていい」
桜ちゃんもネギも、その話になると楽しそうだ。二人して人のことをからかってくる。

ネギは叩けばいいけど、桜ちゃんはそうはいかないからとても困るんだけどな。
「桜ちゃんとネギに彼氏できたら、おぼえてなよ」
「私はできないから大丈夫」
「ていうかさぁ、紹介してよ!女子校は出会いがない!

亜子は共学高校だったんだから、男の一人や二人知ってるでしょ?!」
ネギは出会い以前に問題ありそう」
「うわ、それ傷つく!あんたなんか亜子じゃなくてアホだ!」
「小学生の悪口みたいなこと言わないの、ネギ」
「あんたのそれも小学生並でしょうが!」
わたしたちがぎゃーぎゃー騒いでいる横で、桜ちゃんはやっぱりお淑やかに微笑んでいる。

その穏やかさをわたしと凪にも分けてくれないかな。

時計が午後の講義の開始十分前を示すと解散。

五分前には席に着いていたいわたしたちの約束事だ。
凪が買ってきたチョコレートを食べたら、講義室に向かわなければ。
だけどまだ、もうちょっと、このままで居たいなぁ
「高校のときもこんな感じだった」
「お兄ちゃんたちと屋上でお弁当食べてたんでしょ?」
「あ、でも違うなぁ。わたしの他に女子いなかったから」
「え、亜子ってば逆ハーレム?一人くらいよこしなよ」
高校のときも、昼休みが終わらなければいいって思ってた。
学校が嫌いじゃなかったのは、その時間があったから。
今わたしがここに居られるのは、きっとその時間のおかげ。
「じゃあ凪、一人選んで。

明るいリーダータイプと、穏やかでしっかりした人と、頭良くて優しいのと、素直じゃないけど可愛いの」
明るいリーダータイプ?」
「残念、好きな人います。ていうか皆相手います」
「それが言いたかっただけじゃないの、あんた!」
それぞれ違ったけど、それが面白かったなぁ。今も面白いけれど、あの時とは質が違う。
あの頃も今も大切だけど、どちらもいつかは思い出になる。遠い昔のことになってしまう。
晴れた空を見る度、わたしは嬉しく、そして切なくなるんだろう。
「時間だよ。そろそろ行こう」
「そうだね」
「それじゃ、またね」

天気予報がはずれた日、青空の下で傘を思う。
「あ、選択肢にあいつ入れてなかったなぁ
確かにそこにある。だけど今は、その姿を現さない。
必要なときになったら、あの頃を語りましょう。