都会で起きれば遠すぎて実感がわかず、なんだかドラマの話のよう。同じ都道府県の、大枠で区切られた同じ区域(でも距離はかなりある)で起こって、やっと少しだけ身近になった気がした。
でも、もっと近くに、ずっとあったのだ。その欲求は、衝動にならないだけで、私だって持っていた。
「死刑になりたかった。人を殺せばいいと思った」
そう言って無差別に他人を襲うような人。その人たちが持っていたのは、「殺したい」というよりも、「殺されたい」という欲求じゃないのか。
ふとそんなふうに思ったのは、私が誰かに殺されたいからだ。自殺ではだめなのだ。それでは私の中だけで全てが終わってしまうから。私のことを誰も知らないままだから。
そんな考えに行きついた。
どうせ死ぬなら他殺がいい、というのはここ最近考え始めたことだ。かつては自殺を望んでいたこともあったけれど、結局自分では死ねなかった。手首に剃刀をあてたところでどうということはなく、首を吊ろうとドアノブに結んだタオルや輪を作ったベルトをひっかけてみても、足が床についてしまうのだから頭がぼうっとしてきたタイミングでやめられる。
死ぬ気がない、と言われればそれまでかもしれないけれど、たしかにその瞬間は死にたかったのだ。ただ、瞬間だったから、きちんと死ななかった。だらだら生き延びている。
それなら他人の手で一息に、突然、何の前触れもなく理不尽に、殺された方がいいのでは。別に未練というほどのものはないし、あるとしてもそれはむしろ断ち切りたい執着だ。いつ死んだってかまわない。だから通り魔結構、どうせ弱いものの命を奪うなら私をどうぞ、といったところ。
他人事だからそう言えるんだ、って? そうだろうね、と返事ができる。実際にそこにおかれたら、私は命乞いをするかもしれない。
想像力の欠如、というよりは、想像力の放棄。だからこそ死んでもかまわない。でも誰かに知られたいという妙な欲求があるから、他殺願望をもつのだ。
荒唐無稽で不謹慎な話を、最後まで聞いてくれる、稀有な友人が一人だけいる。私が垂れ流した他殺願望と、「良かったら好きな時に殺して」という頼みにも、アイスコーヒーをストローでかき混ぜながら相槌を打ってくれていた。
「あんたが友人を殺人犯にするような奴だったとは」
一通り話したタイミングで、そう言って溜息を吐く。私がだらだらと話す、その終わりを察してくれる。
「殺すのはやだなあ。私にはそんな趣味ないんで。もし死んだら代わりに拡散するくらいはしようか」
「……引かないの?」
「ドン引きだよ。でも、黙ってられなかったんでしょ」
頷いた私に、友人は「子供のまんまだなあ」と笑いながら言う。
「そうやって気を引いて、他の誰かに無駄な心配させるくらいなら、私が引き受けるよ。そうすることであんたはすっきり、私は自己満足に浸れる。ウィンウィンってやつ?」
友人は私の世話をするのが好きだ。なんでも、私より優位に立ってると思いたいらしい。それを正直に、世間話でもするみたいに教えられたときは、さすがに驚いたけれど。この人も大概変人だ。それならいいやと甘えることにした私は、どんどんだめになっていった。友人の思うままに。
「死にたいってより、もういつ死んでもいいや、みたいな感じなんだね。やりたいことはやりきった?」
「やりたいことが思いつかない。あと、逃げたい」
「それだ、結局それなんだよ」
合点がいった、という顔の友人と、きっとぼーっとしている私。結論は一緒だ。
生きてるあいだに経験しなきゃいけないつらいことから逃げたい。自分で死ぬという面倒から逃げたい。私の他殺願望は、つまり、いつもの逃亡欲求だ。自棄を起こして殺してくれっていう人も、逃げた先がそこだったのかもしれない。
逃げたら一生逃げ続けることになって、それはきっともっと面倒だよ。そう言ったのも友人だ。そのあとに、こっちに逃げてきたら閉じ込めといてあげるけどね、と続いたけれど。
逃げたい。それだけ。それが一番。私の長々とした願望披露は、その一言で片付けられてしまった。
「それなら私の答えはもっとはっきりしてる。私が逃がさない。あんたは私のなんだから」
「それは楽でいいね。責任全部押し付けられる」
「できるもんならね」
友人に殺されたいと思ったのは、絶対に私を殺さないとわかっていたからだ。別に通り魔でもいいんだ。でも一番の理想は、この気の置けない唯一の存在に、命ごと捨ててもらうことだった。
本当に逃げられる方法は、それしかない。
うん、やっぱり、どうせ死ぬなら他殺がいいな。想われながら死ねたらいいな。いつか、そのうち。
コーヒーを飲み終わるまでは、生きていてもいい。