古い城の門前に、一人のイヌがいました。門番の服をかっちりと着込んで、きりりと前を向く、忠義を持ったイヌでした。
イヌは門番を任されてから、もう長いことこの場所に立っていました。城に侵入する不届き者はいないかと、現れたのならすぐに追い払ってやるのだと、誓って仕事をしていました。
ある日、そこへ一人のトリがやってきました。トリは周囲の森を高いところから見ることができ、よくものを知っていました。そのトリが、イヌにこう言います。
「いつまでこんなところにいるの? 自由になりたいとは思わないの?」
けれどもイヌには、トリの言葉の意味がわかりません。トリを警戒しながら、はて、と返事をします。
「私は主から任された仕事を遂行するためにここにいます。これが私の務めですから」
トリはふむふむとうなずき、イヌを見ました。まるでばかなものを見るような目つきでした。
「なるほど。あなたはただ、言われたことをしているだけなのね。自分の意思というものがないのだわ。それでは生きているとは言わない。ここに立っているだけなら死体でもできるわ」
さすがのイヌも、これにはいい気分はしませんでした。トリをにらみつけ、あらためて自分の仕事について語ります。
「立っているだけではありません。私はこの門を守るように、主から仰せつかっているのです。あなたのような不審な者が中へ入らないよう、常に見張っているのです」
イヌは自らの仕事を正しく説明しました。主人に言われたとおりに、今まで自分がしてきたとおりのことをトリに言いました。
しかしトリは、けたたましく笑い声をあげました。イヌは冗談など何一つ言っていないのに、とてもとてもおかしなことを聞いたというように笑っていました。
「いったい何だというのです。あなたは私に何の用があって、ここに来たのですか? これ以上仕事の邪魔をしないでいただきたい」
とうとう怒ってしまったイヌに、トリはまだ笑いをこらえきれない様子で言いました。
「知ってるわ、知ってるわ。あなたの大切な主のこと。彼はとっくにこの城からいなくなってしまったのよ。あなたはそれを知らずに、たった一つの命令をかたくなに守り続けた。なんて融通のきかない子。どうして自分でおかしいと思わなかったのかしら。いったいあなたは、どれだけの時間、この門の前に立ち続けているのかしら? 私はもう、見ていられなくなってしまったわ!」
ばかね、ばかねとトリは嘲笑います。くるくると踊るようにまわりながら、歌うように言葉をくりかえします。
イヌはそれを、難しい顔をして見ていました。ただ見ているだけでした。そんなイヌを、トリはもっともっと嘲笑いました。
「ねえ、もう自由になってしまったら? そんなぼろぼろの門なんか守り続けていないで、自分で考えて行動するようになさい。それともおばかさんには無理かしらね!」
こんなにばかにされても、イヌはそこを動きませんでした。そうすることが、主の命令だからです。ただトリをじっと見て、見て、見ていると、少しだけ体がうずうずしてきましたが、それでも一歩も動きませんでした。
トリはまだまだ笑います。笑って、笑って、ついには飛び上がりました。イヌの頭の上を羽ばたきながら、ばかね、ばかねとさえずります。
あまりに笑いすぎていて、森から飛び出してきた影には気づきませんでした。
それは飛んでいたトリをあっというまに捕まえ、地面に引き倒しました。そして、突然のことに目をぱちくりさせていたトリの首を、がぶりとひと噛みしました。
もう、トリは笑うことも、イヌにばかねと言うこともできなくなりました。
トリに飛びかかったのはネコでした。ちょうど近くを通りかかったところ、騒がしく動き回るトリが目に入ったのです。激しく動くものを見るといてもたってもいられなくなるネコは、一瞬のためらいもなくトリを目がけて跳ねたのでした。
「あらま、やっちゃった。動かないんじゃ面白くないな」
ネコは血だらけになった口を拭くと、そばにいたイヌを見ました。イヌはただこちらを見つめているだけでした。
「ねえ、これ、アンタの知り合いだった?」
ネコは一応尋ねます。イヌは首を横に振って、「いいえ」と言いました。
「先ほどここに来られた方です。私をばかだと言っていました」
「ふうん、そう。アンタはばかなの?」
「わかりません。主はそんなことを教えてはくれませんでしたから」
「ふうん、そう」
ぐったりとしたトリを押さえたまま、ネコは舌なめずりをしました。動いたらお腹が空いてしまったのです。ちょうどここにしとめた獲物がありましたから、ネコは食事をすることにしました。
けれどもその前に、ネコはイヌに向かって言いました。
「自分で考えたことがないのなら、やっぱりアンタはばかね」
トリの羽根をむしり、肉に歯をたてるネコを、イヌはやはりただ見ているだけでした。でも、見ているうちに、ふと仕事以外のことを考えました。
そういえば、もうどれくらいの時間、食事をとっていなかったでしょうか。イヌは主に仕事を命じられてから、ずっと何も口にしていなかったのでした。なぜなら、主に許可されていなかったからです。
口の周りを真っ赤にしてトリをむさぼるネコを見ながら、イヌは主を思いました。ですが、もうその顔すら憶えていませんでした。