緩やかな輪が、花びらを起点に広がった。

庭での茶会も、これで何度目だろう。

…いや、今日は特別なのだ。だって、一年に一度の日なのだから。

 

――あれ

カップを持つ彼女が、笑ったように見えた。

表情が無いはずなのに、何故かそう感じた。

「あー」

「…お前もわかるか?今、お前の母ちゃん嬉しそうだったよな」

傍らでクッキーをほおばる子供の頭を、ベルゼブブは撫でた。

時は流れている。

あの男が彼女と子供を連れてきてから、春は数回訪れた。

それなのに、この庭の時間は同じ場所をぐるぐる回っているように変わらない。あの男の風貌もだ。

その理由を知るのは、男本人とベルゼブブだけ。

本来持つべきではない能力を持ってしまったものに科せられる罰。

つまらない日々を送ってきた男は、寧ろそれを楽しんでいたが…

「…なぁ、お前は…」

言いかけて、やめた。子供に不老不死など語ってもわからない。

男はこれから知るのだろう。愛するものが老い、衰え、死んでいくのを見ることが、どれほど痛みを伴うのか。

もっとも今の彼は愛なんてものに興味がなく、たとえ言っても無駄なのだろうが。

 

「おや、紅茶に花びらが。淹れなおしましょうか」

男爵がカップを取ろうとすると、彼女は首を横に振った。

白く細い指で、カップに触れる手に言葉をつづる。

――綺麗だから、そのままにしておいて。

彼女がそう言うなら、そうしておこう。

離した手で彼女の頬に触れ、男爵は微笑した。

あなたも、この紅茶のようであれば良いのに。

綺麗なままここにいて、一緒に永遠の時を過ごせたら良いのに。

けれども彼女の時は止まらない。出会った時よりも女性らしくなっていくが、いつかそれは朽ちてしまう。

そうなる前に、彼女の時間を止めなければ。

この手で完全な人形にしなければ。

彼女が見上げる。

赤い瞳が、いつも以上に美しく見えた。

 

風に散っていく花びらが、今年も時の流れを告げていた。