また、ミトシに歳神の役目がまわってきた。前回は年明け前に第三世界へ降り、勝手に人間の子供と会ってしまったために問題になったが、そのことは特に追及されることなく自然に役目を任された。
もちろんのこと、ミトシが一人で役目の全てを負うわけではない。だが、此度の年を司る者として、今度こそは自覚を持って臨まなければならない。これは前回の汚名を返上するチャンスでもあった。
大人しくしていれば済むだろう。第三世界になど降りずに、この第一世界で淑やかに振る舞っていれば、何事もなく一年は過ぎていくだろう。だいたいにして、以前に問題を起こした自分に、第三世界へ行くような仕事をやらせるようなことはないはずだ。
ミトシはそう踏んでいたのだが。
「ミトシ。お前の新年最初の役目は、第三世界の様子を見て来ることと決まった」
歳神の長が頭を抱えながら言うには、そういうことらしい。予想は大きく裏切られたのだった。
「あの、なんで? 私、結構勝手に動き回ってましたけど……?」
「その勝手に動き回ったのが、むしろ『第三世界のことをよく知っている』としてとられたようでな。以前のように人間の子供に影響を与えたりしたら、即こちらに戻ることになるが」
偉い人達の判断というのは、よくわからないものである。もしかして、第三世界に降りるのが面倒になったから、ミトシに任せてしまえということになったのかもしれない。とにかくミトシは、第三世界に降り、そこに根を下ろした神や人間たちの様子を見て報告することとなったのだった。
「蓋を開けてみれば、他の歳神もいろんなところに降りて様子を見てるみたいだけど。私は許可が下りないだろうなあって思ってたから、びっくりしちゃって」
たくさんの人が神社に押し寄せる様子を眺めながら、ミトシは隣に立つ男に話しかける。彼はかつてはミトシと同じ第一世界に属する神だったのだが、今は第三世界のこの地を守る者として、ここに留まっている。
ここでは、彼は人間から「大鬼様」と呼ばれている。普段は「神主さん」らしい。自分で自分を祀るというおかしなことにはなっているが、彼はそれを楽しんでいるようだった。
「そうでしたか。ミトシさんはいつも突然いらっしゃいますけれど、今回はちゃんと事情があったんですね」
大鬼が笑って言う通り、ミトシは問題を起こしてからも何度も第三世界を訪れている。人間に接触する機会も数多くあったし、以前会った人間と再会を果たしてもいる。それにも厄介な事情があったのだが、とにかくミトシが勝手に動き回っていたことは事実だった。
だから第三世界のことをよく知っているととられるのも、間違いではない。自分が行ったことのある範囲ならば、庭のように歩けるのだ。人間との接し方もそれなりにわかっているし、必要とあらば自分に関しての記憶を改ざんする術も心得ている。――よく考えてみると、本当はこの役目を任されてはいけなかったのではないかと思うほど動いていた。
「私、今年の歳神やっても良かったのかな。どっかに閉じ込められてても文句言えない気がする……」
「反省してらっしゃるのなら、いいのではありませんか」
「反省とか、第一世界を出ていったきり、第三世界の人間に肩入れして帰ってこなくなったやつに言われたくない」
「すみません。そうでしょうね」
第一世界のしがらみから逃れ、ここに留まっている大鬼は、いつ見ても幸せそうに笑っている。誰よりも第三世界に憧れ、そこの人々を危機から救い、神と崇められている彼は、この土地だからこそ幸福になれたのか。
崇められているから良いのではない。その土地にいてもいいのだと、認められているから。
「……ミトシさん、『今年』をよろしくお願いしますね」
だから誰よりも、この土地の幸せを願っている。この神は、すっかりこの土地から離れられなくなってしまった。
「私はここにいても、みなさんの幸せを願い、喜ぶことしかできません。自分の眷属をまとめることすら、ここの人々の力を借りなければできません。……私はただの、再生神ですから」
その力をこの地に注ぐことに決めたから、自らにできないことは自分よりずっと若い神にさえ縋る。
ミトシは第一世界から出ていったこの神の選択を、自分の力を一所に絞ったことを、愚かだとは思わない。同じ第三世界の人間と関わりを持った者として、認めている。ちょっとだけ、羨ましいとも思う。
第三世界と深く関わって、幸せになれた神は少ない。結局は力の使い方を間違えて、自滅してしまう。人間と関わったがために、「永遠」などという妄執にとりつかれてしまった、哀れな神もいた。
「……」
色々なことを思い出してしまい、黙り込んだミトシに、大鬼が「あのですね」と声をかけた。
「今年、昔から私の手伝いをよくしてくれていた子が、結婚するんですよ」
「え、何、突然」
「だから、今年は良い年になるはずなんです。ならなきゃいけないんです」
「わかった、わかったから。私は私の仕事をちゃんとする。今、そう決めた。私は歳神のミトシなんだから」
深く関われば自滅を招くおそれがあるが、関わらないという選択肢はない。第一世界の者は、他の世界の者と関わらなければ、消えるしかない。どちらにせよいつか滅びてしまうのなら、思い切り関わったほうがいいと、ミトシは思う。大鬼や人間たちが、そうさせるのだ。
だって、この世界はこれからも継続させる価値があると断言できるくらいに、素晴らしい。
大鬼と別れた後、ミトシは縁のある場所を転々とし、再び第一世界に帰った。帰り際に、いつか出会い関わった人間が、立派に成長した姿を見た。
いつか世界を継続させたいと思ったのは、問題を起こしてまで人間と関わったのは、きっと間違いではなかった。他の誰が何と言おうと。
「歳神ミトシ、ただいま戻りました。……今年の役目、最後までしっかり果たしてみせます」
今年を見届ける。その先も、次に役目がまわってきたときも。世界が続く限り、続かせてみせよう。世界との関わりを、一層深くしながら。