「この町の担当になっちゃったのよね。面倒だけど」
元旦、午前零時。山に囲まれた田舎の町、礼陣のシンボルである礼陣神社の境内で、少女が甘酒を飲みながら気だるげに言う。いや、正確には少女の姿をしているだけの、れっきとした神である。正月になると方々を訪れる神だが、彼女はそのうちの一柱、たくさんいる歳神の末端の存在だ。この国における神道での「年神」とは異なる。
一族として多数いて、それぞれ担当の地区を持って新年に全国を見てまわるようにしている。自らが司る干支の年には、その一年を守護する神として役目を負う。歳神の少女は前年、未年を司り役目を果たしたが、来訪の役は今年もまわってきたようだ。しかも、正式にこの町を任された。
「たぶん、私のせいでしょうね。私が貴方としかまともに話せないから」
苦笑する神社の神主(と、町の人々からは呼ばれている)に、歳神少女は眉を寄せたまま「本当にそうよね」と苦言を呈する。
「ここに来て得することといえば、甘酒が美味しいことくらいかしら。あと御神酒もなかなかだわ。この町の酒蔵は毎年いい仕事するわね」
「結構得してるじゃないですか、ミトシさんも」
穏やかに、嬉しそうに顔をほころばせた神主に、歳神ミトシは黙って甘酒の入っていた空の紙コップを突き出す。おかわりの要求だ。それに応じてやると、すぐに一口飲んで、ほうと息を吐いた。
「ついでに、今年は兄様から伝言を預かってきたわよ。上のことは気にせず、再生神として、また土地守りとして、精一杯やるように。だってさ」
「おや、キリトキさんにしては優しい言葉ですね。そもそも、あの人が現れるのが珍しい」
「兄様、ここ最近はよく出てくるけど」
私にこの町を任せたのも兄様なの、と胸を張るミトシに、神主はなるほどと頷いた。だからこのなりのわりにはプライドの高い歳神は、今年も役目を引き受けたのだ。兄と慕う神の頼みでなければ、来たとしてももっと文句を言っている。
神たちは、彼らが第一世界と呼ぶところからやってくる。この世界を第三世界と呼び、管理しようとしている。けれども彼らは神と呼ばれるだけの大きな力は持ってはいるが、本質は下に見ている人間たちと何ら変わりがない。
歳神の少女が甘酒を堪能しているように。
けれども力をふるうことができるから、他の世界を見下し、支配できると勘違いしてしまっているところがあった。ミトシが兄と慕うキリトキは、それを憂えている。もうずっと昔から。神主もそうだった。だからこそこの世界に降りてきた。
人間たちからは神主と呼ばれども、その本質は再生を司る神そのもの。大鬼という名を冠しているが、それは人間が名付けたもの。再生神ははるか昔、第三世界と呼ばれる数多の世界の一つであるこの世界の、この星の、この国の、この町にやってきた。第一世界に嫌気がさしていた分、第三世界への憧れが強かった。
ちょうどここに自らの対となる破壊神の指が落ち、人となって暮らしていたことが、再生神の背中を押した。この地が破壊神の無意識によって荒れているところを、助けたいと思って降り立ち、そのまま居ついた。それから先は人間とともに暮らしてきたのだ。人間たちの魂の理を、少しばかり歪ませながら。
それからいくつもの新年を迎え、そして今年がやってきた。人間たちが建ててくれた神社は初詣の人々で賑わい、平和な光景をつくりだしている。
世界はけっして平和とはいえない。いつ見放されてもおかしくはない。それでもこの場所だけは守りたいと、神主は思う。
「相変わらずものすごい執着ね。いや、愛着っていうのかしら。……でも、そうね。消えていくのを黙って見ているよりかは、この力を使って干渉して平穏を守るほうが、幾分マシなのかも。わたしも前に、こんな世界は滅びたほうがいいんじゃないかなんて思ったことがあったけど、そう捨てたものじゃないってことを教わったし」
ミトシは伸びをして、空になった紙コップをゴミ袋をかけたダンボール箱に放り投げた。
「ごちそうさま。今年もいい年にしましょうね」
「ええ、頑張ります。私には相変わらず、再生させることしかできませんけれど」
「その再生もほどほどにね。……それじゃ、また来年」
今年の歳神の来訪も、無事に終わった。あとは主に土地守りの働きにかかっている。
「さて、今年もなんとかやっていきましょうか」
鈴の音、柏手、話す声。これらが続いていくように。