その日も庭で一人、鞠つきをしていた。
「濡露、お客様がいらしたよ」
父に呼ばれて振り向くまで。
「どなたですか?」
「魔王だよ。息子さんを一人連れてきている」
鞠を地面に置き、縁側から屋内へ入る。
行儀はあまり良くないが、その方が濡露の部屋には近かった。
客人が来ている時は、濡露は出来るだけ静かにして、部屋にこもっている。
父が話し合いをする邪魔にならぬよう、大人しくしている。
しかし今日、父はそんな濡露を呼び止め、小さな子どもの手を引いていた。
「この子と遊んでいておくれ」
それが例の魔王の子だと理解し、濡露は頷いた。
「アンタ、名前は?」
部屋でその子と二人になってから、訊ねた。
「ベル」
彼は短く答えると、こちらを指差した。
同じ質問に答えろ、ということだと理解する。
「アタシは濡露よ」
「じゅろ…」
「そう。覚えておきなさいよ、これから長い付き合いになるはずだから」
濡露の父と魔王は、よく語り合っている。
仲が良いというわけではなく、気にかけていることが共通しているのだ。
今は確か、破壊神のうちの一人が下界に分身を送ったことについて話していたはずだ。
濡露はよくわからないのだが、彼らにとっては重要な件らしい。
「アンタはわかる?父様たちが話してること」
「全然」
「そうよね、アンタはアタシよりちっちゃいし」
「ちっちゃいっていうな」
ぷくっと頬を膨らませるベルを見て、濡露は笑った。
それから数百年後、濡露とベルはかつてそう言ったように、今でもよく会い、語っている。
まるでかつての父らのようだと濡露が言えば、一緒にするなとベルが嫌そうな顔をした。
「あの時父様たちが話してたこと、つい最近理解したわ」
「遅ぇな」
「破壊神の分身…の、末裔に会ったの。もちろん本人はそんなこと知らないんだけど、確かに破壊の力は持っていたわ」
「へー。ま、オレには関係ねぇな」
他愛もない話をしながら、グラスを傾ける。
あの頃に比べれば、自分たちも随分と大人になったものだ。
だが、その分抱えなければならない問題も増えた。
それらをどうしていくかを共に考えることができれば、負担はずっと減るのだが。
「…あの時渡の件はどうしたんだよ」
「見つかったわよ、いい子が。あの子ならきっとやり遂げてくれる」
「やり遂げたらどうするんだ?まさかあの女に復讐するとでも?」
「しないわよ、そんなこと」
二人がやらなければならないこと、目指すものは違う。
互いの負担を減らすことにはならない。
ただ、ある一つの件については、同じ考えを持っていた。
「あの子はどう?」
「うさぎのことか?…相変わらず、あの男のいいなりだ」
第二世界に住む少女を、なんとかして救えないだろうか。
いや、あの男――兎男爵をなんとかしなければ。
世界を崩壊させかねないあの男を止めなければ、第一世界も、第三世界も、厄介なことになる。
「アタシが破壊神の末裔に会ったのはあの男の所為よ。あの男が彼に接触したから、記憶を消しに行ったの」
「そりゃご苦労さん。死神の仕事じゃねぇだろ、それ」
濡露が兎男爵と関わってしまったために負わされたことだが、その関わりの元はベルだ。
だから濡露はそれ以上何も言わなかった。
その代わり、話を変える。
「そういえば、ミトシが甘いものをくれって言ってるのよ。何か良いものはないかしら」
「テキトーに見繕っていけばいいじゃねぇか」
ベルも詮索はしない。彼女の考えがわかっているから。
こうして今日もいつもと同じように過ごす。
幼い頃から変わらぬ日々を。