砂が描く紋様は、水面に浮かび広がる円を表す。
それを囲む石は形を綺麗に揃えていて、水無き池を作っていた。
一瞬の光景を永遠に留めるそれを、濡露は初めて羨ましいと思った。
遠い昔、父神がそれを作ったばかりの頃には、何も変わることのないそれが恐ろしかった。
ついこの間までそう思っていた。
だが、今は。
「まだ布団から動けないの?」
どのくらいの時間、庭を見つめていたのだろう。気がつけば傍らには、幼い少女の姿があった。
「柿を持ってきたの。食べる?」
そう言って、他の世界にもあるその木の実を差し出すミトシに、濡露は静かに頷いた。
長い仕事を不本意な形で終えた濡露は、暫くを体力と精神力の回復に使わなければならなかった。
父神や幾人かの従者、そしてベルやミトシがこの部屋を訪れていたが、それ以外の時間はただ庭の動かぬ波紋を見つめていた。
「…まだ、悔しい?」
楊枝を刺した柿を差し出しながら、ミトシが訊ねる。
濡露は首を横に振り、それを受け取った。
「悔しいんじゃないわ。ただ、自分に失望しているの」
「それは死神としての仕事を全うできなかったことに?それとも…」
「両方よ。アタシはもっと早くに仕事を終わらせることも出来たの」
「何にしろ、後者は叶わないんじゃない」
ずっとそのまま。永遠に一緒に。それは絶対に無理な話だった。
濡露が変わらなくても、周りは変わる。
人は必ず死に、濡露はそれを導かなければならない。
尤も、今回は導くことすら出来なかったのだけれど。
「甘いわね、この柿」
「うん。キリトキ兄様が濡露のお見舞いにってくれた特別製」
「限時が?珍しいこともあるものね」
あまり変化のないはずのこの世界でも、変わるものがある。
永遠を願うのは、神であっても愚かなことなのかもしれない。
それでも濡露は、彼の傍に居たかった。永遠を望んでいた。
今はもう近付くことの許されない場所で、笑っていたかった。
「あ、葉っぱが落ちたね」
「え?」
柿を頬張りながら呟いたミトシの、視線の先へと首を傾ける。
濡露の目に映ったのは、変わらぬ一瞬をそこに留めているはずの庭に、一葉が浮かんだ光景。
ここも、変わらないわけではなかったのだ。
ただ濡露がそれを見ようとしなかっただけ。
「…ねぇ、ミトシ。世界を調べた記録は、いつで止まっていたかしら」
「随分昔のはずだよ」
「じゃあ、それ以降の変化はほとんど知られていないわね」
いつまでも同じものなど、滅多にない。神々が住まう世界でさえ。
ならばその移りを見てみよう。目を背けずに。
もしもその中に全く変わらぬものが見つかれば、それこそ濡露が求めるもの。
「ミトシ、時渡を探しましょう。多くの世界を渡れる者を」
「いきなりどうしたの?渡りなんて探さなくてもたくさんいるし」
「この世界じゃ駄目。下界の人間がいいわ。世界を面白いと思ってくれる者の方がいいの」
「もう…濡露が何言ってるのかさっぱりだよ」
もしかしたら、もう一度彼に会える方法も見つかるかもしれない。
いや、寧ろそれが欲しいのかもしれない。
今度は手放さない。