また悪魔が人間の世界に降りた。
いや、堕ちたと言うべきか。
そういう者が現れるのは、もう珍しいことではなくなっている。
悪魔ベルゼブブは堕ちた者を何人も見てきた。
彼らは人間として生きるために、自らの身を地に投じる。
「濡露、お前はどうしてかわかるか?」
人間の命の終わりを司る死神に問う。
「さぁね…アタシは人間になりたいなんて思ったこと無いから」
長い髪を闇風に流し、死神濡露は答えを返す。
堕ちる者には二つのパターンがある。
一つは「そのまま人間として生きるもの」
一つは「人間の命に自らを混ぜ込むもの」
前者は悪魔としての力を残し、確実に後世に伝える。
後者は悪魔としての力と記憶を失うが魔気は残り、忌み嫌われたりする。
両者に共通するのは「魔性の赤眼」。遺伝子を捻じ曲げてでも現れる。
「そのまま人間として生きたもの」については今でも力を持った子孫が残っている。
傷の回復が異様に早いなどの特徴をもった者が存在する。
「それももう終わりの者がいるけどね」
「何でだよ」
濡露の嘲るような言葉に、ベルゼブブは怪訝な表情で問う。
「例の000376番は力が男にしか渡らなかった。つまり産む事が不可能なのよ。
それなのに最後の子孫は女性に興味がないらしいわ」
「どういうことだよ」
「男色なの。終わったわね、歴史」
一つくらい終わっても、大した事はない。
同じように堕ちた者は沢山いるのだから。
「人間の命に自らを混ぜ込んだ者」は、三十年程前にもいた。
人間の体内で育ち、人間として生まれるが、血統とは関係なく赤眼が現れる。
それは魔気を発して人間を怖れさせ、忌み嫌われる原因になる。
「000968番はどうなったのかしら」
「普通の人間と結婚したみたいだな。魔気を怖れない人間が多い世界に堕ちたらしい」
「それは幸運ね」
「ただ、一つ問題があるぜ」
「何よ」
「普通の人間が、普通じゃなかったんだよ」
「どういう意味?」
力を持たないはずの者にも例外がある。
強大な力を持つ人間と交配した場合、生まれる子供に力が発現することがあるのだ。
普段現れなくても、何かのきっかけで目覚める可能性を否めない。
「覚醒現象?」
「そんな感じ。実際000968の子供は目覚めかけてる」
「子供って今いくつなの?」
「十歳。洗脳して力を良いように使われるのに遅くない年齢だ」
堕ちた者がどのような人生を歩み、周囲にどんな影響を与えるのか。
それを考えず、ただ堕ちることに憧れる者がいる。
第一世界の神々や魔物たちは、そうして世界のバランスが崩れることを恐れている。
自分に与えられた役割に気付ける者は多くはない。
それ故に役割を探さなければならない。
堕ちることが役割なのか、それとも単なる逃げなのか。
全ての世界において、それを自分から考える者は少ない。
そこにあるのは幸福か、それとも。
Fin