何がきっかけだったかはわからないけれど、恋愛の話題になった。うまくついていけないわたしは、ただそれを曖昧に頷きながら聞いていた。
「いいなあと思った人とはなかなか付き合えないのに、そうでもない人からはよく好かれるの。気が合う人と出会って、恋の甘さとか知ってみたいなあ」
佳純ちゃんがそれを本気で言ったのか、はたまた冗談だったのかはよくわからない。けれども、梧君はどういう意味の言葉であれ、容赦なく応じる。
「恋が甘いと思ってるの? この年になってまだそんな夢を見てるんだ?」
さっきまで笑顔だった佳純ちゃんの頬が、ひくりと引き攣った。梧君はかまわず続ける。
「恋愛を含む人付き合いにおける良い人っていうのは、つまりは都合のいい人ってことなんだよ。自分の考えに逆らわず従ってくれて、自分に合わせて会ってくれたり放っておいてくれたりする人だ。意に反すれば悪口を言い、それだけならまだしも、散々言いたい放題言った後に、こんな風に相手を傷つけて突き放すことしかできない私ってダメね、なんて悲劇の主人公を気取ったりするのは実に愚かしい。そういう人は自分では恋の現実を知ったと思っているかもしれないけれど、実際のところまだ自分の作り上げた甘い恋の幻想に浸ってるだけなんだよね。君の知りたい甘さなんていうのは存在しないよ。単なる妄想、妄言だ。そんなものはさっさと捨てて、正直に都合のいい人間が都合よく動いてくれないかなって言ったらどうだい?」
わたしはすぐに梧君を止めるべきだったのだと思う。だって、佳純ちゃんは一気に捲し立てられる言葉を聞いているうちに顔を赤くしたり青くしたり、目じりが上がったり下がったり、見ているだけでも痛々しかった。
「ちょっと梧、言い過ぎじゃないの? 佳純ちゃんは乙女なの。あんたとは違うの」
梓ちゃんがそう言ってくれてほっとしたのも束の間、梧君はそれに対しても鼻で笑ってから返した。
「乙女、ね。そんな言葉を思わず使ってしまうくらい、実は君も彼女の発言を馬鹿馬鹿しいと思っていたんじゃないのか? だから僕の話を遮らず、最後まで聞いてからとってつけたように反論のようなことをしたんじゃないのか? だいたいにして、好かれると彼女が言った時点でただ自慢をしたかっただけだと感じたはずだよ。ところで彼女はいいと思った人とはなかなか付き合えないらしいけど、それはきっと彼女の八方美人さや行動の幼さ、それでいて自分以外を見下している態度に気づいたからだと僕は思うのだけれど、どうだろう? たとえば彼女は普段から君たちを妹のようだと表現しているけれど、それはつまり自分がいなければ何もできなさそうな世話の焼ける人間だと言っているんだ。それにいらついたことは一度もないのかい? いや、あるんじゃないかな。他の人間に対しても、自分はこんなに『できる』人間なのだとひけらかしてばかりいるようだ。それはあまりにも自己を過大評価し過ぎじゃないかな」
今度は、梓ちゃんが黙る番だった。口をパクパクさせながら、梧君と佳純ちゃんを交互に見ていた。
残るはわたしだ。わたしが何か言わなければ、梧君の言葉こそが正しいのだと認めることになってしまう。でも、わたしは、何かが違うとは思っているのに、それに対して反論できる言葉を持っていなかった。
「ねえ、から子」
梧君が唐突にわたしを呼ぶ。びくりと肩を震わせたわたしに、彼はにっこりと笑って言った。
「君は、彼女たちを庇わないの?」
ぞくり、と、背中を何かが這うような心地がした。庇う術を持たないということは、心のどこかでそう思っていたのかもしれないと感じて、わたしはひとこと「ごめんなさい」とだけ返した。