二十歳になって覚えたことだが、日本酒と和菓子で晩酌をするのはとても幸せだ。
この町の和菓子屋は、とにかくまんじゅうが美味い。薄皮の生地も、餡子の甘さも、申し分ない。これが私の地元で作っている酒によく合うのであった。
「月がきれいだねえ……」
そんなことを呟きながら、甘さと脳を蕩けさせるような刺激に浸る。ああ素晴らしきかな、一人暮らし。
そう、一人というのは大変気楽で自由なものだ。
実家にいたときには、ぎゃーぎゃーとそれは賑やかな兄弟たちに囲まれていた。おかげでどんな騒音の中でも動じない集中力が身につき、受験勉強も自分のペースを崩さず進めることができた。
そうして大学生になり、晴れて一人の時間を満喫できる生活になったとき、私はその静けさになかなか慣れることができなかった。
けれどもそれも最初のうちだけ。学業やアルバイトに勤しみ、外で人と触れ合う時間が多くなると、次第に一人静かなのも良いものだと思えるようになった。
飲酒が可能となった今、それは酒瓶とグラス、そして甘いまんじゅうとともに過ごす、非常に贅沢な時となった。
そんなことだから、この時間を邪魔されるのは不本意である。
一年次に軽いノリで付き合いを始めてしまった彼氏というものが、突然訪ねてくることがある。
「夏希さん、いるんでしょー」
こんな具合に、だ。せめてメールかなにかで事前に連絡を入れろと思う。
「夏希さんが好きなまんじゅう買ってきたんだよー」
まんじゅうは今食ってるというに。
仕方なく、溜息を吐きつつ玄関の戸を開けてやると、そこにはコンビニの袋を持った奴が立っている。
「はい、夏希さん。まんじゅう」
にこにこしながら袋を差し出してくるが、ちょっと待て。お前は何もわかっちゃいないな。
「コンビニスイーツじゃなく、和菓子屋のまんじゅうが好きなんだってば。商店街の端にある店のやつ」
「ええ、だってあの店七時には閉まるじゃないか。僕は今さっきバイトが終わったところなんだよ」
「それはお疲れ様。家でゆっくり休んでいればいいのに」
そうすれば私はのんびり晩酌ができ、彼は体力が回復する。どちらにとっても得だと思うのだけれど。
でも彼は「だって」と言うのだ。
「夏希さんに会いたかったんだよ」
へらりと笑って、顔を赤くして。
「……入りなよ。このまま追い返すのもなんだし」
「わあ、ありがとう! だから夏希さん好きだー」
玄関で恥ずかしい台詞を吐かれるのも不本意だからね。
私は日本酒を飲みながら、自分で用意したまんじゅうを食べる。
彼は買って来たコンビニの菓子を食べながら、にこにこして私を見ている。
特に何をするわけでもない。何かされそうになったら追い出す所存だ。それをわかっているのかいないのか、彼はただ私を見ているのだ。
いったい、私なんかのどこが好きなのか。彼の思考は謎である。
そして私は何故彼と付き合おうと思ってしまったのか。あのときの私の思考もまた、謎であった。
「夏希さん、これも美味しいよ」
「そう、良かったね」
これで付き合っているといえるのか。それも疑問である。
しかしこんな状態でも振る気にならないのは、やはり私が彼にいくらかの情をもっているからであろう。
だったら私は、もっと彼に優しくしてやるべきなのかもしれない。
「ねえ」
「何? 夏希さん」
「わざわざコンビニ寄ってきてくれて、ありがとう」
私がこれだけは言っておくべきかと思った言葉を口にすると、それだけで彼はとても嬉しそうに笑った。
二人もまあ悪くはないかな、と思った。