徒歩で通える職場より、てこてこのんびり十五分。
その間にも、ふわふわり。町のにおいは晩御飯。
カレーなんかは懐かしい。この家はちょっと中華風?
想像しながら歩いていると、私もおなかが減ってきて。
着いた玄関開けたなら、温かな湯気と出汁の香り。
「ただいま」
私が声かけて、
「おかえり」
奥から返事して、
さあさあ、我が家も晩御飯。

「……おいしいんだけど、一つ疑問が」
「何?」
空腹すぎて私の感覚はおかしくなっていたらしい。かなり食べ進めて、そろそろデザートのことを考えても良いような頃に気がついた。
「うず、今は夏だよ」
「うん」
「鍋はちょっと季節感ない」
テーブルの真ん中に、でん、と置かれた土鍋。私が帰ってきたときにはぐつぐつと音をたてていた。それを二人ではふはふ言いながら食べていたわけなのだけれど。
本日、昼間の気温は三十度を超えていて、本来なら鍋なんて気分じゃなかった。
うん、まあ、浮かれてたんだな私も。今日は仕事もうまくいってたし。
何より、数日前からの「おかえりという言葉がある生活」がたまらなく嬉しかったんだ。
「さーや、デザートは杏仁豆腐だよ」
「あぁ、本当にデザート用意してたんだ。じゃあ杏仁豆腐で舌冷まそう……」
小雨が降る日に、突然うちにのりこんできた彼女。大学時代の同級生。
どうやら同棲していた彼氏とケンカして、家出してきたらしい。でも、なんでうちに。
疑問はいろいろあるけれど、とにかく彼女は……うずは、私を頼って来てくれた。
連絡くらいいれろよとは思ったけれど、彼女のいる家というのが懐かしくて楽しくて。いつのまにやら文句を言うのを忘れてしまっていた。
仕事から帰ってくれば、まるで新妻のように(といっても新妻が実際どんなものか私は知らない)待っていてくれる、可愛い元同級生。
作ってくれるご飯はそこそこおいしいし(材料費のことはこの際目をつぶろう)、この生活はちょっと幸せだ。
「ね、うず」
「何」
「いつまでうちでご飯作ってくれるの」
満腹になったあたりで食器を片付けながら、半分冗談、半分本気で訊いてみる。
うずは首を傾げて、うーんとうなった。
「……彼氏が私に謝ってきたら帰る」
「あぁ、まだ付き合ってたんだ」
「いないとお金に困るから」
仕事をしていない(したくない)うずにとって、そのあたりは死活問題なのだろう。そう考えると、今の私も彼女のATMか。
乾いた笑いを返しながら、私は内心自分に呆れていた。
なんでこんな女に、学生時代からずっとずっと恋してるんだ。

徒歩で通える職場より、てこてこのんびり十五分。
その間にも、ぼんやりと、可愛い彼女のことを想う。
学生時代は懐かしい。けれどもこのままでいいわけない。
どうにかしなきゃと思うけど、この感情が邪魔をする。
着いた玄関開けたなら、無表情のくせにきれいな顔。
「ただいま」
私が声かけて、
「おかえり」
奥から返事して、
打ち明けられない恋心、今日も隠して晩御飯。